第六章23
『三層タイゲタの書庫評』
書架に並ぶ本のタイトルは、すべて人の名前。知っている名前を開くと、意識が持っていかれる。
😡 性格悪ッ
解けた直後の、第一声
(ノ*゚▽゚)ノ
「やったわ! スバル、すご――」
(#゚Д゚)
「考えた奴、性格悪ッ!!」
「えええ!? 最初にそんな反応!?」
「思った通りに解けたのは我ながらお手柄に違いねぇんだけど……これで解けたのは逆に大問題だと思うぜ。いや、実際、フェアじゃねぇよ」
「そう、なの? スバルが物知りでいてくれたおかげで謎解きができた……って、私はそう思うんだけど」
「俺が物知りで解けたっていうより、俺みたいなのじゃなきゃ解けなかったってことの方が大いに問題なんだよなぁ」
🌌 この空にはない
その星座は、この世界にない
三層の『試験』は、オリオン座の逸話になぞらえたものであった。
大問題なのは、『オリオン座』関係の知識がこの世界では得ようがないことだ。
オリオン座も、シャウラが星の名前であることも、星座の並び方も。
全部、スバルのいた元の世界の知識であり天体だ。
この世界の星空の見え方が、スバルの知る天体とまるで違うことは確認済み。
「まぁ、星空の並びが全然変わって見えるぐらい年月が過ぎてた……とかだったらお手上げだけど、それこそオリオン座なんて残らねぇよ」
この問題を考えた人間は、スバルと同じ星空を知る人間。
もっと悪く言えば、異世界の星空に詳しい人間以外は解けない問題を『試験』と言い張る性格破綻者だ。
🛡️ 弁明
シャウラが、庇う
「お前のお師様だけど、相当、性格悪い奴みたいだな」
「いやいやいやいや、何を言い出すッスか。自分で自分を悪く言うなんてお師様らしくないッスよ! それに性格悪いのは否定しないッスけど、解ける分だけ間違いなく有情ッス! レイドなら絶対に無理難題……自分の分身とか置いてって、勝てなきゃ通れないとかやるッスよ」
「それもおっかねぇけど、可能性はどっちの方がマシなのかね……」
いずれにせよ、過去に『嫉妬の魔女』を退けた英雄たちは性格に難ありの様子。
📚 段差
円い部屋の外側へ、段差が上がっていく
三層は同じだけの広さの空間に、所狭しと書架が並べられている。
背の高い本棚には無数の本がぎっしりと詰め込まれていた。
部屋には円形の段差がいくつもあり、中央が一番低く、外に向かうほど高くなる。
蔵書は気が遠くなるほど多い。
ベアトリスの禁書庫も相当なものがあったが、物量ではこちらが圧倒している。
「目的の本を見つける、検索コンピュータが欲しくなるな」
「禁書庫の中なら、どこに何の本があるのかベティーは完璧だったのよ」
「すげぇな、お前。天才か」
💗 忘れられない
ベアトリスが、少し浮かれている
「そうだな。……お前、心なしかウキウキしてない?」
「そんなこと……あるかもしれないのよ」
「てっきり、お前は禁書庫に嫌な思い出しかないのかと思ってたよ」
「……いい思い出ばっかりじゃないのはホントかしら。でも、どんな場所でもあそこはベティーが四百年を過ごした場所なのよ。それに」
「それに?」
「スバルが『俺を選べ』ってベティーを口説いた場所かしら。忘れようとしても、忘れられる場所じゃないのよ」
背けた顔の耳が真っ赤に染まっており、恥ずかしがっているのが見え見え。
「自分で言って自分で照れて、何したいんだ、お前」
「ベティーの禁書庫の記憶はちゃんと、スバルって記憶で〆られてるってことの証明かしら。……別に、それだけなのよ」
「お前、可愛いなぁ」
(ノ//Д゚)ノ
「むきゃー、かしら!」
😳 信頼
エミリアが、迷いなく本を取る
「解いたのはスバルでしょう? だから、スバル以外が触っても平気なのかなって」
「あー、確かにどうなんだろうな。でも、正答者しか読めない形式にするなら、解くのを見てただけのエミリアたんたちまで書庫に入れるのがおかしくないか?」
「あ、そっか。ここに入れた時点で、許可が出たみたいに考えていいんだ」
「うん、そうだと思う――けど、エミリアたん!?」
彼女は無警戒に、すぐ目の前の本棚から一冊の本を抜き出した。
「んー、普通の本……かしら。スバル、どうしたの?」
「いや、いいんだけど、エミリアたんのクソ度胸に驚き惚れ直しただけ。大丈夫じゃないかなーって言ったの俺だけど、むしろ俺だよ?」
「――? スバルが言ったから、大丈夫でしょう? え、変なこと言った?」
「なんだろ、信頼の眼差しが痛い」
そうされるだけの価値を、スバルは常に自分に疑い続けている。
🏷️ 全部、人名
背表紙は、すべて人の名前だ
「見たところ、本の規格は統一されてるかしら。でも、タイトルは全部違うのよ。これは『ノア・リベルタス』。こっちは『リブレ・フエルミ』。……並べ方も無茶苦茶な風に見えるかしら」
「この本のタイトルだけど……ひょっとして、全部、人の名前か?」
「ん……と、そうみたい。これは『パルマ・エウレ』、こっちは『コヨーテ』」
「知らない名前ばかり、と見受ける。あまり見識の深いとは言えないが、私の知る限りで見知った名前はないな」
「お前が知らないんなら、たぶんここの奴は誰も知らねぇよ」
中を見てみるが、羅列する文字はこの世界特有の言語だ。
文字が細かすぎるのと、文章自体が退屈すぎるせいか、読んでも頭に入ってこない。
🌲 森の中
木を隠すなら、森の中
「一応、アナスタシアさんにも確認するけど……知ってる名前とかあるか?」
「――んーん、ないよ?」
「途方に暮れるには早いか。木を隠すには森の中……ひょっとしたら重大な情報の詰まった本が、この書架のどっかに埋まってるかもしれねぇとしたら嫌だなぁ」
「途中で諦めないの。解けない謎解きよりずっと前向きじゃない。頑張らなきゃ!」
背表紙に指を当て、本をなぞっていると。
なぞる途中、ふいに掠めたタイトルにスバルは指を止めた。
本のタイトルにあるのは知った名だ。
なんとなしに手に取って、スバルは本を開く。
――意識が、暗転する。
⚖️ 幼い女
――ひとりの、幼い女がいた
――女、一人の女がいた。
女、と呼ぶことを躊躇するほど、まだ幼い女だ。
痩せた体に粗末な服、日に焼けた褐色の肌に緑の髪。
童女と呼ばれるような年代の女は、しかし尽きぬ悩みに心を支配されていた。
それは決して答えの出ない、女にとっては生まれながらの命題であった。
それは世に存在する理、その白と黒――即ち、善と悪にあった。
正しきこと、誤った行い。
世に無数の選択肢があれど、全ての行いには両極いずれかの評価が下される。
🪓 処刑人
父の、生業
女の世界を白と黒、善と悪、二つに割ったのは女の父だ。
女の父は罪人の首を刎ね、咎に相応しい罰を下す行いを生業としていた。
「――処刑人」
そう呼ばれる父の所業を、処刑場の在り方を、女は幼い日より目にしてきた。
おぞましき残酷な行い、落命する咎人の断末魔、血と死に支配された処刑場。
――そこで女に『死』を見せ続けたのは、他でもない女の父親の意思だ。
父の意思は崇高なものであり、高潔な思想に違いなかった。
だが、女の幼さを思えばそれは独りよがりであり、理想を求めるには早すぎた。
女は命の尊さを学ぶ以前に、罪に相応しき罰を学んだ。
🤲 撫でられる
答えは、突然に授けられる
女の求める天秤は、女の探し求めた範囲に存在しない。
事の善悪に単純な答えはなく、正誤は、罪と罰は、多くの要素に左右される。
だが、まだ幼く、妥協と諦めを知らぬ女は止まらない。
父の酒杯を割り、女は自らの犯した罪に大いに怯えた。
あるいは首を落とされることすら覚悟して、女は己の罪を父に告白した。
「――自分の間違いを打ち明け、謝ったことは正しい」
女の父は過失を許し、笑みすら浮かべて女に言った。
その父の微笑みと頭を撫でられる掌の感触に、幼い女は理解した。
――犯した罪を計る天秤は他でもない、罪人自身の心の内にあるのだ。
たとえ誰が見ていなくとも、罪人の罪は己の心が知っている。
善悪は、わからない。難しい。正誤は、確実な指針がない。見つからない。
しかし、罪の意識は己の中にある。
🚶 歩き出す
そして、歩き出す
女は理解した、満足した、天秤をようやく手に入れた。
幼い女は命の尊さを知らぬまま、罰に相応しき罪を暴いた。
処刑人の父を見習い、罪に相応しき罰を下すため、女は日の下に歩き出す。
罰されるに値する罪人の、その心を暴くために。
幼い女の問いかけに、ある者は笑い、ある者は困り、ある者は戸惑う。
だが、女の問いかけに答えた結果は、全員が同じだ。
――罰に相応しき罪は、己の心の中にある。
周りを見る。誰もいない。ここにはもう、罰を受けた罪人しかいない。
粉々に砕け散った破片の人々と、最後に父の破片を踏み越えて。
――『傲慢の魔女』は罪を問い、罰を与え、罪人を裁き続けた。
✋ 手刀
エミリアが、手首を打つ
(ノ゚Д゚)ノ
「づぁ――ッ!!」
べりべりと、音を立てながら意識が本から引き剥がされる。
痛みがあるのは頭でも体でもない、魂だ。
横合いから声が突き刺さり、同時に腕に鋭い一撃が打ち込まれる。
踏み込み、エミリアが手刀でスバルの手首を叩いたのだ。
「だ、大丈夫? 今、すごーく辛そうだったけど……」
「なんとか、持ってかれずに済んだ……か? いや、わからないけど」
「エミリアたんの顔見てると落ち着く。もうちょい手ぇ貸してて」
🤷 何も起きない
ベアトリスには、何も起きない
「今、この本に触って変な顔になったかし……」
(ノ゚Д゚)ノ
「待て、ベアトリス! 触るな!」
「――テュフォン。スバルは知ってる名前なのかしら?」
その間にベアトリスは本を開き、中を確認してしまう。
「馬鹿――!」
「馬鹿とは失礼なのよ。別に、他の本と変わらないかしら」
少女は本の内容に何も反応しない。
「でも、スバルには他の本と同じには見えなかった……そういうことと見たのよ」
「……そうだ。けど、なんで俺だけ?」
⚖️ 傲慢の魔女
その名前は、墓所で会った相手だ
「スバル、このテュフォンって人とどこで?」
「説明がムズイ……いや、エミリアたんには難しくないのか? 知らないってことは会ってないんだろうけど、墓所にいたんだよ」
「テュフォンは、過去にいた『魔女』の一人だ。『傲慢の魔女』で、見た目はベア子ぐらいの褐色ロリ。ただ、無邪気の残酷って言葉が具現化したみたいな子だった」
エミリアとベアトリスは心当たりがないと首を横に振った。
どうやらエキドナの魔女博覧会は、スバルにだけの特別な措置だったらしい。
「今、俺はその本を読んで、そのテュフォンって子の……記憶? 人生? ルーツか? とにかくそんなところを追体験した。気持ちいいもんじゃなかったけど」
「人の記憶を、追体験。それってなんだかますます、墓所の『試練』みたい」
「アレの場合、自分の記憶と真っ向勝負だったけどね。まぁ、楽勝だったけど」
「そ、そうね。楽勝だったけど」
鼻水ボロボロになるまで泣き喚いたことは、なかったことにして頷き合う。
😖 もう一人
ユリウスも、膝を突く
聞こえた苦鳴のような音に目を向ければ、本を手に膝を突くユリウスの姿。
「ユリウス? ユリウス、しっかりしぃ! ウチの声、聞こえるやろ?」
「……アナスタシア、様」
「そう、それでええ。ゆっくり、深呼吸して。……ん、大丈夫やんな?」
「難しい本の読みすぎで知恵熱か? 気持ちはわかるぜ」
「確かにこのところ、書物に目を通す生活からは遠ざかっていた。武に文にいずれも精通していなければならない騎士として恥ずべき姿勢だ」
「よくもまぁ、すらすらと……」
隠し切れない衝撃は、彼の額に薄く浮いた汗が証明している。
📕 バルロイ
その本の、タイトル
「――バルロイ・テメグリフ。知ってる?」
「俺は聞き覚えないぜ。たぶん、間違いなく」
「その名前、ウチは覚えあるなぁ。確か……うん、そう。ヴォラキア帝国の将軍にそんな名前の人がおらんかった?」
「――正しくは、元将軍です」
「ヴォラキアって、南の国だよな? そこの将軍とお前が知り合いなの?」
「二度目の訂正だが、元将軍だよ。なにも意外な話ではないだろう? 私はこれでも近衛騎士団の人間だ。ルグニカ王国とヴォラキア帝国は隣国でもあるし、一方的に名前を知っているのもおかしな話じゃない」
「なるほど、一方的に知ってる相手……ね」
🧪 試す
同じ本を、開いてみせる
スバルは回収した本の表紙をなぞる。
それからパッと本を開いて、その内容に目を走らせた。
「俺も、一方的に知ってる名前になったから読んでみたけど、何もこない」
「……スバル」
「今、俺たちの間に大事なのは信頼関係だろ? 俺とお前の間にそれがあるかどうかってのは……ないわけじゃないって、思ってたのは俺だけか?」
「――それは卑怯な物言いだ」
「この場にいる君たち以上に、私が信を置くべき相手は今はいない。ラインハルトにすら抱けない精神的な支えを、アナスタシア様や君に貰っているとも」
「……その言われ方、なんか気持ち悪いな」
「私も言っていて舌が痒くなったよ」
🗡️ 私が奪った
その男を殺したのは、自分だ
「非礼をお詫びします、アナスタシア様。エミリア様。今、私は些末な私情を答えに交えました。本の内容を共有すべき場で、許され難いことです」
「それを許すかどうかは、ウチやエミリアさんの器量やね。どう思う?」
「私の言いたいこと、スバルとアナスタシアさんに言われちゃったかな。だから、それがどうしたって今は思ってます。まる」
「バルロイ・テメグリフ。ヴォラキア帝国の元将軍ですが……すでに亡くなった人物です。そして、彼の命を奪ったのは他でもない、私でした」
「他国の将軍を死なせた。なかなか、驚きやね」
「アナスタシア様は……いえ、今はお忘れでしたね」
🏰 帝国
その事情は、大っぴらに言えない
「えっと、私の勉強した本が正しかったら、ルグニカとヴォラキアってすごーく仲が悪いって聞いてたんだけど……」
「そんな帝国の将軍とか死なせて、戦争とかにならないもんなのか?」
「複雑な事情が入り組んだ結果でね。ラインハルトやフェリスとも無縁の話ではないんだが、端的に言えば元将軍は帝国でクーデターを企んだ。私が彼と相見える結果になったのは、ちょうどその折に帝国に滞在していたからだよ」
「あの二人も、か。ラインハルトって輸出禁止じゃなかった?」
「特例で許可が出た。帝国の皇帝が彼に会いたがった、という事情だ。……いくら君でも、ラインハルトに輸出という言葉はそぐわないと思うが?」
「とっさに言葉が出なかったんだよ。なんて言えばよかった。密輸?」
「すまない。原則、事情を明かすことは禁じられていたのと、私自身にとっても苦い記憶でね」
「大っぴらに言えない事情なわけか。わかった。お口にチャックしておく」
🔑 法則
本が反応する、条件
「わかった気がするのよ。つまりここにある本は、読んだ人間が『見知った相手』の過去を追体験する本かしら」
「俺が『魔女』で、ユリウスが元将軍か。それが妥当、っぽいな」
「なんや、聞き逃せない単語が聞こえた気がするんやけど、ナツキくん、魔女とも知り合いなん? いややわぁ、その交友関係。完全に魔女教やん」
「俺も自分で超怖いけど、あそこまでキャラ濃くないから安心して。無個性なのが最近の悩みなんだ」
エミリアやベアトリス、挙句の果てにユリウスまで酸っぱいものを食べた顔をする。
😨 怖い話
アナスタシアが、怖い話をする
「おおよそ、書庫の本の意味はわかった。わかったけど、ウチの怖い話してええ?」
「あんまり聞きたくねぇけど、なに?」
「この書庫にある本、全部に人名が書いてあるわけやろ?」
「帝国将軍さんと、ナツキくんのお友達の『魔女』の本」
「友達ではねぇけど」
「オトモダチの『魔女』の本まであるってことは、故人の本があるわけや」
「ここにある本、過去から今に至るまでの世界中の人間の名前があるんとちゃう? そうやとしたら……目的の誰かの本を探そなったら、どれだけかかるんやろね?」
――訂正。この書庫の創造主、性格が悪いわけではない。
――性格、最悪なのだ。
第六章23『三層タイゲタの書庫評』終了。
スバル