第六章21
『モノリスの挑戦状』
四層でレムとパトラッシュに会い、三層へ。真っ白な部屋に、黒い板が浮いている。
🎭 受け入れる
誤解されたままの方が、都合がいい
シャウラの歓迎の言葉。
それが見当違いな相手へのものだとわかっていながら、否定せずに受け入れた。
シャウラにスバルをフリューゲルと誤認させておいた方が、都合がいい。
今さら敵対されて戦闘になれば、その圧倒的な力に蹴散らされないとも限らない。
一度、好意的に接した以上、スバルは少なくとも攻撃の手が鈍る。
ただでさえ実力で劣るスバルがそうなれば、それは敗着の要因として十分すぎる。
☀️ 楽観
エミリアは、仲良くなればいいと言う
「心配しなくても大丈夫よ、スバル。もしもシャウラが本当はスバルがお師様じゃないって気付いても、きっとひどいことになんかならないわ」
「エミリアたんの太鼓判は嬉しいけど……その心は?」
「その心って言い回しはちょっとわからないけど、でも、シャウラいい子じゃない。私たちのこともスバルのことも助けてくれたんだし、普通に仲良くなることだってできるわ。そしたら、ケンカする必要なんてないでしょう?」
いささか楽観的すぎる意見だが、悲観的すぎるのも十分に悪癖といえる。
仲良くなればいいというエミリアの考えは、誤りではない。
「あまりエミリア様のぽやぽやした考えは参考にしないことね、バルス。ここは『賢者』の監視塔で、砂丘には帰りも挑む必要がある。警戒はしすぎて損はないわ」
「もう、すぐにラムはそんな風に言うんだから。少しは気を緩めてもいいのに……」
💪 調子がいい
エミリアは、砂丘にきてから調子がいい
「んー、そうかしら。でも、確かにこのあたりの地下ならへっちゃらかも? 私、なんだかアウグリア砂丘にきてからすごーく調子いいのよね」
「それにしても、エミリアたんが調子いいってのは?」
「なんだろ、空気が肌に合うのかしら。マナも、国とか地域によってはちょっと色が違ったりするから、そういうことだと思うんだけど……このあたりのマナは特に、私の肌には合ってるみたい。あんまり嬉しくないかも」
「まぁ、そうだね。こんな魔獣だらけの魔女が封印されてる場所じゃなぁ」
力がみなぎる、とばかりに拳を握るが、すぐに情けない顔で苦笑い。
🧲 引き寄せ
あの狙撃の、仕組み
「お前ってメチャクチャ目がいいよなって話。すげぇ離れたところにいた俺たちに向かって、塔から正確に攻撃投げてきてたろ? あれ、どういう仕組みだ?」
「ああ、アレはあーしの針と狙いをマナで繋いで、そこに引き寄せられるようになってるってだけッス。ヘルズ・スナイプはお師様の考案ッスよ?」
「……そっか、余計なこと仕込んだな、フリューゲル」
おかげでひどい目に遭った。もし機会が得られたら存分に罵声を浴びせたい。
🚪 巨大な扉
五層『ケラエノ』の、出入り口
「歓談中のところすまないが、目的地に到着したよ」
円筒形の構造をした塔の奥に、一ヶ所だけ巨大な扉が備え付けられている。
見上げるほどの大きさで、横幅はゆうに十メートル近くあるだろうか。
「もしかしてこれ、試しの門方式で入るのも難しいみたいなことなのか?」
「少なくとも、私が押したところでびくともしなかったのは事実だ。おかげで、アナスタシア様や君の捜索もままならなくてね」
エミリアやユリウスはスバルたちを探しに出られず、やきもきする結果になった。
🏋️ 持ち上げた
竜車は、担いで下ろされた
「ジャイアンと竜車はどうやって最下層に乗り込んだんだ? さすがにこの階段、竜車が通れるほど広くないぞ?」
「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない。……でも、竜車のことは簡単。シャウラが持ち上げて、運んでくれたの」
(゚д゚)
「……パードゥン?」
「シャウラが竜車と地竜をひょいって持ち上げて、簡単に下まで降ろしたの」
「いやいやいやいや、さすがにそれはダメだよ。竜車ったって、あのでかさじゃトン越えしてるかもしれないぜ? そこに地竜もセットって……」
「言われた通り、運んだのはあーしッス。いやぁ、あのぐらいなら楽勝ッスよ。出入り口のところに置いておくと、外から流れ込む瘴気でトカゲがおかしくなったりするかもしれないッスからね。ほんの気遣いッス。褒めてくれていいッスよ!」
「感謝の気持ちはあるけど、お前の細腕が細腕じゃないってわかってドン引きだよ。そんな怪力人間……ラインハルトでもできなさそうだぞ」
🌪️ 砂が入る
ここは、砂が流れ込んでくる
「砂風が強いからやと思うけど、風に乗って砂が流れ込んでくるんやね。ちょこぉっと深呼吸すると、すぅぐに口の中が砂利っぽくなるから嫌やわぁ」
外と繋がる五層には、微粒子のように砂埃が常に舞い散っている。
「砂丘の砂は瘴気を孕んでいる。微量だからと甘く見ていると、体の内側から蝕まれかねない。用のない限り、ここは早々に通り抜けるべきだろう」
「それじゃ、そういうことにしようぜ。俺の目的はここじゃなく、四層『アルキオネ』の方なんだし。……また階段ってのが萎えるけど」
「相変わらず軟弱ッスね~。でも、安心していいッスよ。四層と五層の間の階段は六層と五層の間よりもよっぽど短いッス」
🚪 いくつもの扉
四層『アルキオネ』は、造りが違う
四層も、造り自体は五層や六層と大きく変わるわけではない。
――それでも、雰囲気の変化は明白だ。
下層に比べると、円形のフロアはずいぶんと狭くできていた。
円形の建物の内縁に、同じく円形の壁が敷居となって作られている。
ぐるりと周囲を囲む壁にはいくつも扉が点在し、複数の部屋がフロアにある。
「ここがあーしの住処にしてる四層『アルキオネ』。それで、お師様がきたがってた『緑部屋』がすぐそこッス」
「緑部屋……?」
🌿 蔦の扉
扉が、蔦に覆われている
『緑部屋』の異名通り、扉は緑色の無数の蔦に覆われている。
何百年も放置されたジャングルの秘境のような有様だ。
「俺がきたがってたってことは、ここにレムとパトラッシュがいるのか?」
「名前は知らないッスけど、女の子とトカゲがいるッス」
「安心なさい。中にいるのはレムとあの地竜で間違いないから」
彼女の細腕でも、扉はあっさりと滑るように開かれる。
「こないの? バルス」
「……いくよ、俺も」
🚪 閉まる
入れる人数が、決まっているらしい
二人が入ると、そのまま扉はすぐに閉まってしまう。
「おい、分断されたぞ」
「なんでもビビる必要はないわよ。――この部屋、入る人間の数が限られるらしいわ。部屋の持ち主が嫌がるみたいね」
室内もしっかりと大量の緑に塗り潰されていた。
のたくる植物が壁や床、天井を縦横無尽に張り巡らされている。
時折、垂れ下がる蔦が行く手を阻むのを屈んで避ける必要がある。
🌸 草のベッド
レムと
パトラッシュが、いる
緑の部屋の奥まった場所に、わずかに存在する雑多な植物のない空間。
生い茂る緑の草が折り重なり、所々に小さな花を咲かせたベッドができている。
その緑と花に彩られたベッドの上に、変わらない寝顔のレムが横たわっていた。
白い頬に色は差さず、寝顔には何の変化もない。
微かな呼吸で胸が上下するが、生きている証は触れる熱以外にはそれだけだ。
それなのに、やたらと力が抜けるほどに安堵感があった。
「ホントに、無事だったか……」
「だから言ったでしょうに。それとも、ラムがレムのことで嘘をつくとでも思ったの?」
「そうは言わねぇけど、目で見るまで安心できないのは仕方ねぇよ。……パトラッシュ、お前も無事で何よりだ」
🌱 部屋そのもの
この部屋が、精霊だ
「……この草、普通の草と違うのか?」
「精霊の力で、治癒が速まる効能があるそうよ」
「精霊って……いるのか? どこに?」
「精霊使いのくせにわからないの? この部屋が、精霊そのものよ」
ラムに言われて初めて、その圧倒的なマナの濃密さに気付かされた。
まるで高濃度の酸素の中にいるように、呼吸と肉体が安らかになる感覚。
「ここの精霊は変わり種……といっても、変わっていない精霊なんていないわね。特段、ここの精霊には意思らしい意思はないそうよ。ただ、入った生き物の傷や病を癒そうとするだけで」
妹を見守る姉を慮るように、ラムのすぐ後ろに蔦が伸び始める。
それは急速に結びついて編み上がり、緑の椅子となってその体を支えた。
「少なくとも、今まで見知った精霊の中で一番紳士的なのは確かね。バルスも少しは見習った方がいいわ。この精霊と、騎士ユリウスの立ち回りを」
「どっちにしても釈然としねぇ」
💤 有給休暇
治療に、進展はない
「ゆっくり休んでろ。またお前に助けられちまったし、働きすぎだよ。たまには有給休暇取っても罰なんか当たらねぇからさ」
パトラッシュは体を丸め、黄色い瞳を閉じて眠りについた。
「レムに変化は? 治すのがレゾンテートルの部屋なら、今のレムにそれらしい干渉ができたりとか……」
「残念だけど、望み薄ね。可もなく不可もなく……治療に進展はないわ。傷でも病でもないものは癒せない。そういう判断みたいね」
「……そうかよ」
それでも、緑部屋の精霊は眠り続けるレムを労わることは惜しまないらしい。
👋 いってくる
ラムは、残る
「結局、このままじゃ何も変わらないってことだな」
「……変えたいなら、塔にきた目的を果たさなきゃダメでしょうね」
「大図書館プレイアデス、その試験か」
「知識に触れて、レムを取り戻す。――その目的はぶれてねぇ」
「俺は上の試験に挑むとする。お前は?」
「誰かがレムを見ていないと、いくらなんでも不安でしょう? それなら、ラムがその役目をするわ。元々、ロズワール様に無理を言ってまで同行してきたのは、レムのことを見守るためだったんだから」
「それじゃ、レムのことはお前に任せた」
「見守るぐらいしかできないけどね」
「お前が見守ってくれてることに意味があんだよ」
その前髪のかかる額に手を伸ばし、そっとくすぐるように触れる。
「じゃ、いってくる」
無論、返事はない。
😠 追い出される
ラムが、答えない
「そういえば、レムを放っておけないとか言って、でも今は空っぽにしてたよな? なんでわざわざ下りてきたんだ?」
「まさか、俺が目覚めたって聞いて大急ぎで見にきてくれたってわけじゃないだろ? なんかあったなら教えておいてくれると……」
「とっとと行きなさい」
「え? いや、だけど、気になることがあるなら言っといてくれないと」
「早く行きなさい」
強烈に噴き上がる鬼気に気圧され、すごすごと退散させられるしかなかった。
👵 最年長
誰が一番の年上か、で揉める
「ラムが何考えてんのか大体いつもわかんねぇけど、最近は特によくわからん」
「んー、そうでもないと思うわ。ラム、あれで意外と素直だもの。その素直なところを隠そうとするの、私は可愛いと思うし」
「珍しく年上みたいな発言を……実際、年上ではあるのか」
「そうよ、私、お姉さんなんだから。この場にいる誰よりも……でもなかった」
( ̄^ ̄)
「ふふん、ベティーの方がお姉さんなのはお姉さんなのよ。これは誰にも塗り替えられない厳然たる事実かしら。慕ってもいいのよ」
正直なところ、どっちにしてもお姉さんの態度ではない。
それに、現状の面子で最年長が誰なのかという会話は実は非常にデリケートだ。
「んん? ナツキくん、なに? なんや、うちに言いたいことでもあるん?」
「別に。見た目と実年齢が噛み合わない面子が多いなって話」
🚶 同行
シャウラも、ついてくる
「お前はどうすんだ? 一緒にくんの?」
「あーしッスか? いやぁ、別に付き合う必要はないんスけど、せっかくなんでご一緒したいと思うッス。喋っていいのに喋れないのとか寂しいッスもん。何百年も黙ってたんで、喋りたいことだらけなんスよ~」
人懐っこい笑顔で切ないことを言われて、スバルもさすがに冷たくできない。
エミリアやベアトリスも、その孤独には覚えがあるのだろう。
「私はこのお姉さん気に入ったしい、一緒がいいと思うわあ」
「試験に挑むのであれば、その場に試験官が居合わせるのは自然なことだよ。不正がないか見張るためにも、彼女が同行するのは正しいことだ」
「その子、ナツキくんにめちゃめちゃ懐いてるみたいやし、一緒に連れてったら試験の内容についてボロ出すかもしれんやん。そのうっかり、うちらに味方するよ」
「悪いッスけど、あーしは試験の内容全然わかんないからそれは裏切るッス」
「まぁ、口ではこう言うてるけどなぁ」
❓ 難解な謎
先に挑んだ側も、何もわかっていない
「螺旋階段は終わったのか?」
「四層『アルキオネ』と三層『タイゲタ』とはすぐ繋がってるッス。あーしも別に用がなきゃ上らないんで、滅多にいかないッスけどね」
「用事っていうと?」
「乙女の秘密ッス」
「期待されているところ悪いが、私たちもわかっていることはほとんどない。三層を上がってすぐ、試験と呼ばれる部屋に出くわすが……」
「出くわすが?」
「そこに存在するのは難解な謎だ。解く手掛かりも見つからず、途方に暮れていたというのが正直な話だよ」
「でも、入って何がどうなるってことじゃないみたい。別に私たちも出入りしても何の変化もないし……ただ、門前払いされてるだけ」
「相手にもされてない、と考えると腹立たしい限りかしら」
「仕方ねぇ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。――いくか」
⬜ 白い場所
三層『タイゲタ』は、真っ白だ
入ってすぐ、スバルが感じたのは完全なる違和感だった。
違和感の塊というか、違和感しか存在しない空間というべきだろうか。
――白い、白い場所だった。
白すぎる空間には壁が、果てが見えない。
上を見れば天井の位置もわからない。
足下を見れば階段がある場所だけが黒くぽっかりと口を開け、それ以外の床は白い。
床を床と認識できず、そのままどこまでも落ちていってしまいそうな錯覚。
この場所で階下への階段を見失ったら、発狂しかねないとスバルには感じられた。
⬛ 石板
白の中に、黒い板が浮いている
「石板……か?」
四角く、やたらと滑らかな質感のある物体で作られた黒い一枚の板切れ。
石造りでなければ石板とは呼べないが、かといって金属とも異なる。
あえて別の気取った呼び方をするなら、『モノリス』といったところか。
大きさはスバルの身長ほどもあり、横幅は人が並んで二人分。
近い大きさのものに例えると、畳が浮いているような印象だった。
「この不思議物質が、なんなんだ?」
「それが、言ってみればこちらに謎を突き付ける装置といったところだ」
「モノリス、か。不思議と馴染む呼び方だ。以後、そう呼ぼう」
🔢 カウント
触れて、みる
「ともあれ、触るぜ? カウントする?」
「あ、じゃあ、私が言いたい。三、二、一……」
(ノ゚Д゚)ノ
「早い早い! わかったけど!」
「ゼロ――!」
⬛ 増殖
板が、増える
黒い板の表面が内側から輝き、途端に目の前の景色がぶれる。
否、ぶれたわけではない。
スバルの触れたモノリスは、黒く輝きながら増殖を始めたのだ。
その背面から次々に複製したモノリスを射出する。
それは凄まじい速度で部屋の中に飛び回り、不規則な位置に点在し、浮かぶ。
そして、呆然となるスバルの鼓膜――そこを通り抜け、脳に直接声が響く。
『――シャウラに滅ぼされし英雄、彼の者の最も輝かしきに触れよ』
😏 意趣返し
ユリウスが、背中を支えている
唐突に聞こえてきた声に、スバルは思わず驚いてモノリスから手を放す。
フラフラと後ずさると、その背中を誰かに背後から支えられた。
「どうだろうか。私たちの最初の驚き、共感してもらえたかな?」
(ノ`Д゚)ノ
「底意地悪いことしてんじゃねぇ――!!」
ともあれ、本格的に『試験』は始まった。
大図書館プレイアデス、第三層『タイゲタ』の試験。
制限時間『無制限』。挑戦回数『無制限』。挑戦者『無制限』。
――試験、開始。
第六章21『モノリスの挑戦状』終了。
スバル
アナスタシア
ベアトリス
メィリィ