第六章12
『監視塔の洗礼』
三度目の同じ場面。今度は先に手を打てた。だが、塔はこちらを見ている。
3️⃣ 三度目
また、同じ場面に戻された
気だるさと灼熱の苦しみが同時に取り払われ、ナツキ・スバルは回帰する。
眼前の光景に、とっさに悲鳴を上げなかったことを称賛してもらいたい。
「ちっちっちっち」
暴力的な花の香りが支配する空間。
竜車の前に立ち塞がる花魁熊が、リズムと指先に視線を奪われている。
ほんの数分前、二度も立ち合ったばかりの場面。
――嘘、だろ?
早急に、意識の切り替えが求められる。
つい先ほどまでの修羅場を忘れ、今は目の前の問題に対処しなければ。
🪢 手綱
ベアトリスが、拾ってくれていた
必死に『今』に適応しようとするスバル。
その胸に、微かな衝撃。
見れば、体重を預けてきていたのは懐に抱いたベアトリスだ。
こちらの代わりに握った手綱を、見せるように軽く持ち上げる。
『死に戻り』直後の衝撃で取り落としたものを、彼女がキャッチしてくれたのだ。
――直前の『死』が思い出され、ベアトリスの泣き顔と涙声が聞こえた。
そう、そうだ。そうだった。
スバルはすでに、この状況を迎えるのがこれで三度目だ。
🐴 気付けるのは一人
ジャイアンの限界に、誰も気付かない
「ちっちっち……ちぃー」
挑発が終わりを迎える。
魔獣の視線はゆっくりと竜車を外れて、一行の右側へと誘導される。
そのまま花魁熊が離れてくれれば問題はない。
しかし、そうならないことをスバルは知っている。
魔獣と直近で向き合わされた圧力と、暴力的に漂い続ける蜜の香り。
二種類のプレッシャーが地竜の平常心を苛み、張り詰めた糸が唐突に切れてしまう。
だが、そのジャイアンの興奮状態に、スバルを除く一行は誰も気付けない。
手綱を握るユリウスすらも、意識を地竜から外している。
声を出すわけにはいかない。とっさに近付き、触れることも無理だ。
今すぐに決断できなければ間に合わない。どうすれば――。
🖤 見えざる手
スバルが、あの力を使う
「ベア子、愛してる」
Σ(//ω//)
「――っ!?」
突然の愛情表現に驚愕するが、その口は手で塞いで叫ばせない。
代わりに、斜め前方のジャイアンに向かって『手』を伸ばした。
『死』の直前にベアトリスの涙を拭ったように、優しく宥めるための『手』を。
――インビジブル・プロヴィデンス。
口は愛情を囁いていたから、技名は残念ながら心の中だけで唱えた。
生み出される黒い掌はスバルの胸を起点に、ゆっくりと世界に顕現する。
無論、その存在はスバル以外には見えない。
🤚 首を撫でる
地竜が、落ち着く
するりと伸びる黒い魔手は、今にも叫び出しそうなジャイアンの首へと向かう。
掌はゆっくりと、その分厚い鱗に守られる太い首を撫でる。
びく、と何者かの接触に地竜の巨躯が震える。
だが、その掌に敵意がないことを本能が察したのだろう。
地竜は荒い息を落ち着かせ、緊張を四肢から抜いていく。
「――うん?」
身じろぎする気配に気付いたユリウスが手綱を引き、本格的に地竜を宥めにかかる。
さすがに手慣れたもので、暴れ出しかねなかった地竜を見る間に落ち着かせた。
⚖️ 代償が軽い
使ったあとの喪失感が、以前より楽だ
直近の問題を回避し、スバルは安堵から長い息を吐いた。
行使した代償である喪失感のようなものは、魂を掻き毟ったままだ。
ただ、その喪失感に胸を抉られながら、スバルは思う。
息苦しさや喪失感が、以前に比べて明らかに『楽』になっている。
初めて使ったのは『聖域』でガーフィールと戦ったとき。
あのときは、自分の半身が持っていかれたかと錯覚するほどの喪失感があった。
意識が不安定になるほどの酩酊感にも襲われた。
オリジナルであったあの狂人の『見えざる手』ほど、力も手数もない。
せいぜい、涙を拭ったり、頭を撫でたりが手一杯。
それで魂を削られるのはコストパフォーマンスが悪すぎる。
そう思って、半ば封印してきた手段ではあったのだが。
「馴染んできた、ってことじゃねぇだろうな」
喪失感と嫌悪感の減少に、スバルは安堵よりも不安を感じた。
💇 コネコネ
ベアトリスが、大変なことになっていた
(¬_¬)
「……さっきから、ずっと何をしているのかしら」
「ああ? 何って……」
(゚д゚)
「ベア子、何その頭と格好」
(#`皿´)
「――スバルがずっとベティーの髪の毛と服をコネコネコネコネしてた結果なのよ! なんでこんな辱めを受けなきゃならんのかしら!」
立派な縦ロールはぐしゃぐしゃに乱れている。
ドレスと白いマントは奇抜に整えられて、流行の最先端を走っていた。
なお、誰もついてこない最先端の模様。
「――自覚ないのが腹立たしいのよ! 不安なのかと思って見過ごしてたらどんどん調子に乗って……その分だと、さっきの……あ、愛の言葉も覚えてないかしら」
「いや、それは覚えてる。ベア子LOVEなのは本音だしな」
(//ω//)
「にゃっ!」
🔙 一時撤退
スバルが、引き返そうと言う
「ユリウス、メィリィ。一時撤退だ。――分が悪すぎる」
二度の『死』を理由に、作戦の練り直しを提案したのだった。
🗯️ 酷評
撤退の判断は、評判が悪い
(¬_¬)
「お兄さんにはがっかりだわあ。ちょっと不安なことがあったぐらいで、こおんなにすぐに逃げ腰になっちゃうなんてえ」
「所詮、バルスはバルスということね。エミリア様の騎士になって少しはマシになったかと思っていたけど、やっぱり性根はそう簡単には変わらないわ。早漏」
(ノ゚Д゚)ノ
「安全策を主張しただけでそこまで傷付けられる謂れがねぇ!」
「でも、スバルの判断は間違ってなかったと私は思うわ。あのままずーっと真っ直ぐに花畑を抜けようとしても、さっきと同じみたいなことはあると思うの」
「お姉さんは私の能力を疑うのお? 私より、お兄さんのこと信じるってことお?」
「ここまできたんだもの。二人のことを信じてます。でも、特にスバルの言うことは信じたいかなっていうのが私の意見なの。ごめんね」
(-人-)
「E・M・M……」
♻️ 別の魔獣
花魁熊を倒しても、別のが住み着くだけだ
「あの花畑の周り、いたのは花魁熊だけじゃないんじゃねぇのかって話だ。身も蓋もない話をしたら、花魁熊がいなくなっても別の魔獣の住処になるだけだろ」
「……合ってなくも、なくもないかもしれないけどお」
「どっちだ」
「そうよお、お兄さんの言う通りい。でも、だからってどうするのお?」
「メィリィ嬢の指摘もわかる。スバルの懸念は順当だが、だからといって不測の事態ばかりに及び腰になっていても得られるものがない。想定して対処できるのであれば、それは不測の事態とは呼ばれないのだから」
「だからって、何も考えずに加護任せにして突貫ってのも話が違うだろ。っていうかそれを提案するならお前のキャラが違う。それはもっとこう、ガーフィールとかの役目だ」
💭 案が出ない
作戦会議が、進まない
「バルスが囮になって、魔獣に貪られている間に突破するというのは?」
「一致団結しろよ」
「ラムたちは助かり、レムから悪い虫も取り除ける。名案だわ」
(ノ゚Д゚)ノ
「俺が貪られてる!」
「やっぱり、私がすごーく頑張ってみんなやっつけるとか……」
「エミリアたんって、案外こういうときに脳筋な結論出すよね」
(//ω//)
「ノーキン……え、やだ、急になんなの? 恥ずかしい」
「メィリィ嬢の加護に任せ、進めるところまで花畑を突っ切り……限界がきたところで先制攻撃を仕掛け、監視塔へ駆け込む。というのは賭けの要素が強すぎるな」
「うまくは言えないけど、それ失敗するから。うまくは言えないけど、確実に」
「ふむ……絶対の根拠がありそうな言い方をするものだね」
『死に戻り』の禁忌に触れないよう、突撃作戦を却下するのには骨が折れる。
💡 塔が光る
あの光を、誰も見ていない
そもそも、戻る切っ掛けになった二度の『死』の死因だ。
どちらも、正面にある塔が光ったことと関係している。
「あの塔が光るの、見た奴は誰かいるか?」
(・_・?)
「監視塔が光る……?」
全員が不思議そうな顔で首を傾げた。
ある種、当然だろう。
スバルがあの光を見たのは、正直、『死』の前後だ。
あの光に攻撃的な意思があるのであれば、見た者は生きて帰れない。
見敵必殺を実現した攻撃、そう考えるべきだ。
🔦 サーチライト
賢者の遺産、という可能性
「塔が光ってたってことは、塔の中の賢者さんがこっちを見てたってこと?」
「なるほど。『賢者』がこちらに気付いているのであれば、こちらの方から敵意がないことを報せるために働きかけてみるのも手かもしれませんね」
だが、その光が友好的なものでないことを知っているスバルからすれば。
それは自ら崖に向かっていく暴走に他ならない。
「待て、今さらだけど情報を整理しよう。その光が賢者の生活用の光とは限らない。もっとこう……危ない、サーチライト的な光の可能性だってあるだろ?」
「つまり、ナツキくんは自分の見た光が、『賢者』の仕掛けた防衛機構みたいなもんの光やないんかって疑ってるゆうこと?」
「そゆこと!」
「賢者が数百年、誇張抜きに永らえているかどうかはわからない。あるいは賢者の残した何らかの遺産が、世界を守るための装置として働いている可能性もあるのか」
「それならば、『嫉妬の魔女』の復活を目論む不逞の輩だけでなく、王国使者団のことさえも寄せ付けない理由に納得がいく」
🫱 勘でいい
「スバルの勘でしょう?」
「賢者の生き死には議論の外よ。それより、問題はバルスが見た光の正体。これが危険なものなのか、あるいはバルスの錯覚か、結論を出さないと」
「俺は……あれが危険なもんだと思う。少なくとも友好的なもんじゃない」
「根拠は、勘だけ?」
「……まぁ、そうだな」
「そう。――厄介ね」
理由を『勘』で押し切るのは無理があると思っていた。
だが意外なことに、ラムはその返答に真剣に考え込んだ。
(・o・)
「え? あれ、勘だぞ? もっと疑ってかからないのか?」
「これがただの勘ならそう思うかもしれないけど、スバルの勘でしょう? だったらいきなり疑ってみるより、ちゃんと考える意味があるわ」
「あまり自分を卑下しないことだ。君もこれまで、それなりの修羅場を潜ってきた身だろう? そうした人間にしか働かない、ある種の直感は存在する」
情報の出所を明かせない状態で、身内にさえも真実を隠さなければならない不条理。
そのたびに、こうして周りの気遣いと信頼に救われ、同じことを繰り返す。
📏 十キロ
魔法は、塔まで届かない
「友好的に呼びかけるにしても、手段がないよな。でかい声を出すなんて真似したら、賢者以前に熊さんたちいらっしゃいってなるのがオチだ」
「おおよそ、ここから監視塔までは十キロ前後――花畑の手前から、エミリア様の魔法を飛ばすというのも現実的な射程距離ではないな」
「距離? えっと、測ってみたことないからわからないけど……でも、さすがにここからじゃ塔までは届かせられないと思う。当たる前に消えちゃう」
「そもそも、こっちの存在を伝えるだけで通してもらえるなら、ラインハルトだって通れそうなもんだ」
「ラインハルトが挑戦したときには『砂時間』を抜ける、という手順をおそらく踏んでいない。ここまで我々が到達できたのはアナスタシア様が……いや、エキドナがそれを知っていたからだ」
🐍 保険
メィリィは、魔獣を連れてきていた
「そうや。そしたら、現時点でわかってることを詰めた方が良さそうやね」
「今が、夜の『砂時間』を選んで入ってきた場所ってこと。それから、あの花畑を抜けるのは地竜に負担をかけすぎるってこと。あと、メィリィは俺らに黙って何匹か魔獣を連れてきてるだろ」
Σ(゚д゚)
「うえ!?」
「ま、待って待って。確かにい、お兄さんの言う通りだけどお……なんで、お兄さんはそれを知ってるのお?」
「当てずっぽうだよ。今のは鎌かけしただけだ」
「安心しろ。別にそれを叱ろうって話じゃない。お前なりの保険ってのはわかってるつもりだ。……つか、必要だと思ったら使ってくれ。花魁熊の群れに囲まれて追われるときとか、すごい助かる」
「手放しに信用するには彼女の力は強すぎる。ましてや、この魔獣の園ともいえるアウグリアの大地では、ね」
「ならなおさらだろ。竜車じゃお隣さんなんだから、ちゃんと仲良くしてくれ」
🧭 端っこ
花畑の端を、探しにいく
「花畑を抜けるのがダメってなると……どうするの?」
「それも手、だけど……俺はちょっと、試してみたいことがある」
「どっかで花畑が途切れてるとしたら、少なくとも四方八方から狙われる心配だけはなくなるわけだ。端っこがあるかどうか、試す価値はあるんじゃねぇかな?」
向かう方角は左、監視塔のシルエットを常に右側に置くことを約束事とする。
一行が確かめに向かうのは、北ということになるだろうか。
もっとも、砂丘の中で東西南北のルールがいまだに守られていれば、の話だが。
🚪 扉渡り
この空間の歪みは、扉渡りに近い
「落ち着いて考えると、ここも大概、不思議時空なんだよな。『砂時間』の中を抜けたらここに辿り着いてました、ってのは『扉渡り』に近いし……」
「スバルの言いたいことはわからなくもないのよ。確かに空間と空間を歪めて、物理的な距離を曖昧にするのは『扉渡り』の応用でもあるかしら。ベティーも一度、スバルに仕掛けたことがあるのよ」
「お前が俺に? いつ?」
「……忘れもしない、初対面のときかしら」
(゚д゚)!
「初対面の……あー! ロズワールの屋敷で、あの無限ループしそうな廊下を一発クリアしたときか! あんときは悪かった。お前が一生懸命に準備してくれたのに、その頑張りを踏み躙るようなことして……ごめんな?」
(#`皿´)
「なんか本気で謝られてるのが本気で腹立つのよ! 忘れるかしら!」
🧊 静かに
ベースキャンプの印を、そっと立てる
「エミリアたん、ここにお願い。とりあえず、ここが俺たちのベースキャンプ。できるだけ静かに……こう、魔獣を刺激しない感じで」
「ん、わかってるわ。これで魔獣を起こしちゃったら、せっかく静かに離れた意味がなくなっちゃうもんね。静かに静かに、静かーに」
作り上げられる氷の塔は速度は緩やかで、空気の張り詰めるいつもの音も聞こえない。
いくらか弱気な部分が出て細い仕上がりにはなったが、無事に役目を果たせそうだ。
「OK、問題なし。さすがだ、エミリアたん」
💥 木端微塵
氷の塔が、撃ち砕かれた
出発の号令をかけようとして――気付く。
花畑の方へ向けた視界の端っこで、花畑とは違う場所に変化があった。
監視塔が、光ったのだ。
(ノ`Д゚)ノ
「――エミリア!!」
――キィンッ。
激しく甲高い音を立てて、氷の塔が何かの直撃を受けて木端微塵に吹き飛んだ。
十数メートルは高さのあった氷塔は、決して脆いものではない。
しかし攻撃は、砂の城を崩すかのような容易さで氷を砕き、マナへと還元する。
――またしても、見えなかった。だが、理解した。
「やっぱり、あの光は攻撃――」
「スバル! 次がくるのよ!」
🛡️ E・M・M
絶対防御魔法で、受け止める
光は瞬きすら許さぬ速度でこちらへ迫り、一撃を以て急所を抉る。
その絶望的な威力の程は、すでにそれによって死を迎えたスバルが知っている。
「――E・M・M」
「かしら!」
――カンッ。
快音が響き、スバルに直撃したはずの攻撃が弾かれる。
『E・M・M』は、スバルがベアトリスと開発した三つのオリジナル・スペル。
その内の一つである、『絶対防御魔法』だ。
発動中、スバルは身動きができなくなる。
代わりに、外部からの一切の干渉を受け付けなくなる。
陰魔法の技術と知識を総動員し、限定的に周囲の時間と空間を弄った結果である。
(゚д゚;)
「ただ、ごえ!? 時間稼ぎぐるぉ!? 大事なことぶえる!?」
「ちょ! スバル、悲鳴ばっかなのよ!? 大丈夫かしら!?」
防御されていても音と衝撃は伝わる。
スバルが死なないのが不思議なのか、まるで確かめるように何発も撃ち込んでくる。
🧊 一発で砕ける
エミリアの氷壁でも、止まらない
「スバル――! もう……ええい!」
砂の地面からせり上がるのは、分厚く巨大な氷壁。
おそらく、一瞬で作り出せる最高硬度の防御壁。
Σ(゚д゚)
「嘘!?」
「あの氷壁でも歯が立たないのか!」
氷壁は一発で砕かれる。
貫通して、いくらか勢いの衰えた光がスバルへ激突。
跳ね返るそれが何本も砂地に突き刺さり、砂が白い煙を噴いた。
「熱? 熱が、氷を焼いたのか?」
「地面に落ちたあれって……針?」
🔵 E・M・T
絶対無効化魔法で、光を殺す
「スバル! マズいことがあるのよ!」
「聞きたくぶふっ! ないんだけどろっぽ!」
「このままだと埒が明かないのと、もうすぐマナが尽きるかしら!」
伝えたいことは、『マナが尽きるから反撃すべきかしら』だ。
「三番目は不完全……二個目の方でいくぞ!」
「喰らった直後、E・M・Mを切っていくのよ」
E・M・Mを解除した以上、あの光に対する防御機能を喪失する。
そして次弾が届く前に、反撃を実行しなくてはならないが。
「止まって――っ!」
六枚の氷壁が同時に作り上げられる。
一枚目はあっさりと、二枚目も易々と、三枚目もないもののように突破される。
しかし四枚目にはわずかな抵抗があり、五枚目に至ってはコンマだけ耐えた。
そして最後の六枚目で、明らかに光の速度が鈍る。
「生憎と、彼が傷付くと悲しむ女性が何人もいる――」
騎士剣が半円を描き、速度の鈍った光を捉えて切り払う。
(ノ`Д゚)ノ
「いくぞ! 第二弾! 絶対無効化魔法『E・M・T』!!」
十数メートルほどの球形のフィールドが、竜車ごと自分たちを包み込む。
📌 針
撃たれていたのは、針だった
光は真っ直ぐ、スバルを狙って直進する。
このフィールドの中に飛び込んで、その瞬間に勢いをなくした。
弾丸すら上回る圧倒的速度が見る影もなくなる。
現実に残されるのは速度も威力も失った、白く細長い奇妙な物体だけだ。
「針、か?」
「そのようだ。……待て待て待て! 話したいことは山ほどあるけど、今は撤退が先だ! すぐに竜車に乗り込め! 長くもたないんだよ!」
「陰魔法の応用だとは思うが、まさか範囲内のマナによる影響を無効化しているのか? だとしたら魔法使いに対する天敵……」
「言っとくが、相対的に有利になったように見えるだけで俺が強くなってるわけじゃねぇから。素でケンカ強い奴には普通に負けるぞ。これはいつか、ロズっちに痛い目見せてやろうと思って開発した能力でな」
称賛されて少しいい気分になる。それは『油断』以外の何物でもなかった。
🪓 世界が破ける
E・M・Tが、空間の捩れも消してしまう
「スバル! このまま花畑の前の砂丘に戻るの?」
「ちょっとしんどいけどそうしよう! とにかく、対策を練って――」
『砂時間』が渦巻く砂風の中へ戻ろうと駆け戻る途中。
E・M・Tのフィールドが触れた瞬間、『世界』が破けた。
(・o・)
「あ――?」
Σ(゚д゚)
「しまったかしら!」
「空間の捩れが、E・M・Tで無効化されるのよ!」
「え?」
「言ったはずかしら! ここの捩れは、ベティーが屋敷で見せた『扉渡り』と似たようなものだって。つまり、歪んだ空間が元に戻るのよ!」
🕳️ 呑み込まれる
亀裂の中へ、放り込まれる
『世界』は乱雑に紙を破くように裂かれ、ほどけていく。
その亀裂の中にパトラッシュごとスバルたちを、竜車ごとエミリアたちを、呑み込む。
(゚д゚;)
「ヤバい……エミリア!?」
「スバル――」
暗闇の中へと放り込まれ、重力の干渉を見失う。
上下左右がわからなくなり、竜車がどこにあるのかわからない。
ただ、叫びに呼応したエミリアの声が、遠くなるのが聞こえて。
「これは――」
マズい、と言い切るよりも先に、破けた空間の向こう側に放り出された。
👁️ 塔の中
誰かが、階段を降りはじめる
花畑と砂海の境が破けてほつれ、その中に小さな集団が呑み込まれるのが見えた。
遠目に、遠目に、それを見つめ、影は塔の中で蠢いた。
身を寄せていた窓から遠ざかり、石畳を踏みしめて、螺旋状の階段を下る。
その足取りはゆっくりと、しかし徐々に早くなり、逸る。
❓ 影
「――見つけた」
それは、何年も言葉を口にしていなかったような、掠れた呟きだった。
ただ、その響きが歓喜であろうことだけは、誰も聞き間違えはしないだろう。
❓ 影
「見つけた」
それだけは、確かだった。
第六章12『監視塔の洗礼』終了。
ユリウス
ラム
アナスタシア