第六章6
『ユークリウスの銘』
退屈な街道で、ユリウスが自分の生い立ちを話しはじめる。誰もが知っている話だ、と言いながら。
🛣️ 一ヶ月
何も起きない旅は、退屈だ
不安いっぱいの朝から始まった旅路。
だが約一ヶ月に及ぶ行程は、道のりこそ長かったものの。
道中、特別これといったアクシデントは起こらなかった。
街道を一路、東へ向かって直進する。
何も起きない旅路は、退屈なものだ。
大型の竜車を引く二頭の地竜。
その前を、スバルのパトラッシュとユリウスの青い騎竜が先導している。
全員が竜車の中にいては、有事の際の反応が遅れる。
そういう布陣ではあるのだが。
🗺️ 国ごとの事情
ルグニカの街道は、よく整っている
「プリステラ往復もそうだし、リーファウス平原もそうだったけど……ルグニカ王国って道々の治安とかだいぶいいよな」
「街道の整備や治安維持のための巡回は、王国の平穏を守るために欠かせない。ルグニカは他の国々と比べても、特にそのあたりは徹底させている。およそ、野盗や魔獣の群れといった被害率はかなり低く保たれているはずだ」
「他の国はそうでもないってこと?」
「万年雪に覆われるグステコ聖王国では、そもそも街道の整備がままならない。整える端から雪に埋もれられてはね。ヴォラキア帝国やカララギ都市国家では、多種族が入り乱れる分だけ習俗の違う者たちも多い。慣習が違えば諍いも生まれる。そういった意味で治安が安定しているとは言い難いかもしれないな」
(・o・)
「ほー」
🥱 欠伸ひとつ
ユリウスに、咎められる
(´~`)
「ふわ……」
「スバル」
代わり映えのない景色が続けば、欠伸も出る。
「緊張感が持続しない気持ちもわかるが、張っていた気が緩んだ瞬間が最も危ないとされるときだ。気を抜くなとは言わないが、誰の目からも見える形でだらけているのはいただけないな」
( ̄д ̄)
「欠伸一つでどんだけ言うんだよ。お前だって欠伸ぐらいすんだろ。するよな?」
「無論、そうした生理現象は私にもあるさ。ただ、騎士の自覚があれば人前に出さない程度に抑え込むことは可能だろう? 君にはまだ、それが足りない」
「へいへい」
ちくちくと嫌味のような勢いで畳みかけられる。
だが、いなし方もそろそろ堂に入ったものだ。
こうして旅路を共にするのも、二十日近い。
😤 気張りすぎ
スバルが、焦りを言い当てる
「真剣な話をされているときは、相手の方を見るのが礼儀だと思うが?」
「真剣な話してるときに顔を逸らされてるってことは、その真剣な話が求められてないタイミングってことだろ。お前も少し肩の力抜けよ。力みすぎ」
「私や君が警戒していなくて、どうして……」
「そんなにピリピリしてなくても、そうそう奴らも襲いかかってこねぇよ。あいつらが仕掛けてくるなら、こんなだだっ広いとこでやらねぇさ」
意表を突かれたように、目を瞬かせる。
それからすぐ、美丈夫は小さく吐息をこぼした。
「焦っていると、君の目からも今の私は歴然なのかな?」
「当てずっぽ感はあるけどな。でも、気張りすぎってのは全員が思ってると思うぜ。いつも通りっていやいつも通りかもしれねぇけど……」
「そのいつもがわかるのは、今は君だけだからね」
「……そうな」
背後、竜車の中の女性陣に、こちらの会話は聞こえていない。
男同士、立場的には色々複雑だが、今は協力関係でもある。
もう少し、腹を割って話すべきことを話しておく場面だろうか。
🌸 届かない
準精霊は、腕に止まらない
「ロズワールにも話してたけど、準精霊の具合は?」
「あの場で話した通りだよ。蕾たちは私の周囲に集ってくれているが、伸ばした腕を止まり木に羽を休めてはくれない。言葉も、届いてはいないようだ」
腕を持ち上げ、準精霊を可視化させる。
淡い輝きの六色は、今も周りに浮かんでいた。
しかし、差し伸べられる腕に戸惑うように揺れ、かえって遠ざかろうとしてしまう。
「再契約ってのはできないのか? 近くにいるってことは、お前の精霊を引きつけるなんちゃらって加護は働いてるわけだろ?」
「私の『誘精の加護』は今も健在のようだ。それがかえって、彼女らの認識の不可解に一役買っている。自分の中にある理解できない大きな感情を持て余すように、ね」
🤝 相棒の精霊
他の精霊で代わりは利かない
「こんな言い方するとアレだが、他の精霊で手を打つのは?」
「エミリア様のように、行く先々の微精霊に力を借りられる精霊使いであればその案も考慮できたが……その方法では私には精霊の力を十全に引き出せない。準精霊の蕾たちと絆を結ぶのにも、数年の時間を要したからね」
「……まぁ、エミリアたんも他の精霊からパック並の力は引き出せないもんな。やっぱり、パートナーになる精霊は特別ってことか」
「エミリア様と大精霊様。君とベアトリス様のように」
難儀なものだ。
同じ精霊使いの立場として、すぐ次の精霊を探せなどとは言い出せるはずもない。
絆が断たれて、ベアトリスを手放せるかという質問と同じ意味になるからだ。
当然、中指を立ててお断りする案件である。
⚔️ 剣技だけ
騎士の務めが、半分になっている
「故に、今の私は剣技でしか騎士の務めを果たせない。もちろん、剣が精霊術に劣るなどと思わないが、私自身の力量が不足するのは事実だ」
( ̄д ̄)
「それを取り戻すための旅でもあるし、そもそもお前の剣の腕でそれ言うのただの嫌味だからな。しかも相手が俺って、それもさらに嫌味だから」
一年前、王都の練兵場でボロ雑巾にされたのはまさにその力量だ。
あのときに比べればスバルの方もマシにはなった。
だが、差が埋まったとは思っていない。
あのときのスバルは赤子の手を捻るレベル。今は五歳児を相手にするレベル。
そのぐらいの差だろう。
🗡️ 到達点
ラインハルトのそれは、謙遜とは違う
「ラインハルトもそうだけど、お前らって自分を過小評価する悪癖があるよな。謙遜も過ぎれば毒! これはどこででも通用する言葉だと思うぞ」
「そっくりそのままお返ししたいところだが、どうだろう。――君や私はともかく、ラインハルトのそれは謙遜とも過小評価とも異なるもののはずだよ」
(・_・?)
「謙遜とも過小評価とも違う……?」
誰の目から見ても超人・最強・完全無比といった塩梅の相手だ。
彼への評価が食い違うとは思わなかった。
「ラインハルトの実力に関して、高く評価している点では君と私は同じだよ。というより、彼を知る全ての人間が共通の感情を抱くはずだ。彼こそが人類の到達点、あるいは超越者とされる存在なのだと」
「それが言いすぎじゃないのがすげぇよ」
「実力だけでなく、彼の在り方は自覚まで完成されている。私が彼と初めて会ったのは十に満たない頃だったが……ずっと変わらないよ」
(゚д゚)
「十歳の頃からあれって、マジか」
👑 五歳のとき
剣聖の加護は、十五年前に移った
「その頃から、ラインハルトは『剣聖』なのか?」
「彼が『剣聖の加護』を継いだのはまだ五歳のときの話だよ。先代『剣聖』はテレシア・ヴァン・アストレア様……ラインハルトの御祖母で、十五年前の大征伐の際にお亡くなりになり、加護が移譲した」
「そう、だったな」
白鯨との戦いで戦死し、なおも死後を辱められた先代『剣聖』。
ラインハルトの祖母であり、ヴィルヘルムの妻であった女性。
その魂はプリステラで、今度こそ空へ帰った。
だが加護は十五年前の時点で、ラインハルトの内に継承されていたのだ。
🎒 背負ったもの
どんな気分だったんだろうな
「どんな気分なんだろうな」
「うん?」
「五歳のときから、祖母ちゃんの加護を引き継いで、おまけに伝説の英雄の血を継いでる家系なんだろ? どんな気分で過ごすんだか想像がつかねぇよ」
――親の期待を懸けられることの重みは、スバルにも少しはわかるつもりだ。
周囲からの期待の重さに潰れかける痛みは、スバルにはわかる。
もちろん、背負ったものの重みも責任も違いすぎる。
比べること自体が失礼になるかもしれないが。
「俺は正直、弱いからな。弱くて力が足りなくて悔しい思いすることばっかで、持て余すぐらい強かったらよかったのにって妄想しない夜はないぐらいだぜ」
「それはだいぶ虚しい気がするんだが」
(# ̄皿 ̄)
「うるせぇな」
☀️ 大きな転機
ユリウスの、始まりの日
「とにかく、そんな俺と個人的には対極の悩みに感じるからな。ラインハルトが五歳からラインハルトだったとは思わねぇけど、どんな気分だったんだろってよ」
「さすがに、当時の彼が何を思っていたのかまでは私にもわからないな。ただ」
手綱を握りしめ、正面を見つめる。
注ぐ太陽光に、眩しげに目を細めた。
「――あのとき、ラインハルトを見かけたことは私の大きな転機だった」
どこか、誇らしげにさえ聞こえる言葉だった。
日輪の眩しさに目を細めたわけではないのかもしれない。
当時、そのラインハルトを見たときも、やはり同じ目をしていたのではないだろうか。
⏳ 六年ほど
並び立てる資格が、なかった
「ってことは、ラインハルトとお前は十年来の付き合いなのか。幼馴染み要件をギリギリ満たしてると俺は考えるが、そんな感じ?」
「いいや? 私がラインハルトを意識したのはそのときになるが、彼が私の存在を知ったのはずっとあと……私が近衛騎士に任命されてからだろう。それが私が十六のときだから、彼と親しくしているのはこの六年ほどのことだ」
「……ずいぶん間が空いたんだな?」
「当時の私では、『剣聖』を引き継いだ彼と並び立てるだけの資格がなかった。年下の彼に痛いほど思い知らされて、それからが私の始まりだよ」
静かな言葉と、声音と裏腹に込められた熱い感情。
スバルにも、『始まり』の記憶は胸に熱く、魂に焼き付いている。
異世界でエミリアに救われたとき。
レムに崩れかけた背を支えられたとき。
炎の中でベアトリスの手を取ったとき。
いずれもスバルにとって、『始まり』なのだから。
😏 放蕩貴族
スバルが、茶化しにいく
(・∀・)
「それにしても、そっからが始まりって言い切るとなると、意外とお前ってガキの頃はやんちゃしてたのか? 放蕩貴族か、道楽息子みたいな」
他人事に思えないような感情の流れに逆らい、殊更に茶化した声で言う。
「少しばかり表現には気を付けてもらいたいが……否定できない部分はあるな」
(ノ゚□゚)ノ
「マジで!? お前、やっぱり嫌味な貴族ポジションだったの!? 平民を馬の上から足蹴にしたり、使用人を執拗にイジメて追い込んだりしたのか!?」
(-_-;)
「どうしてそんなに君が嬉々とし出したのか不思議でならない」
冷たい目を向け、それから背後を窺う。
竜車を、ひいては中にいる彼女たちを気にしたのだろう。
🏛️ ユークリウス家
ユリウスは、正式な嫡男ではない
「君は私の、ユークリウス家のことはどの程度知っている?」
( ̄^ ̄)
「まったく知らん」
「気持ちいいぐらいに即答するものだ」
腰の騎士剣に触れる。
その横顔からは、今の自分に持つ資格があるのだろうか、と躊躇っているのが伝わってきた。
「――私は元々、ユークリウス家の嫡男ではない」
「より正確に言うなら、正式な嫡男ではないとするべきだ。ユークリウス家の現当主であるアルビエロ・ユークリウス。その弟であったクライン・ユークリウスが私の父親になる。すでに他界し、当主に養子入りしているがね」
思った以上の言葉に、スバルはとっさに言葉が出てこなかった。
🩹 確かめる術がない
ヨシュアとの関係が、わからない
彼の弟であったヨシュア・ユークリウスの立場はどうなるのか。
ユリウスを兄として慕い、今は世界の記憶から失われたあの青年は。
「プリステラに残したヨシュアの、実際の私との関係はわからない。私の中に残っていないだけで、実父であるクライン・ユークリウスの血を継いだ実弟なのか。それとも養父であるアルビエロ・ユークリウスの血を継いだ、本当の嫡子なのか」
「……それが違ったら、どうなるんだよ」
「兄弟というのはあくまで言葉の綾で、本来の関係は従兄弟となるのかな。その場合、ユークリウスの家督はヨシュア・ユークリウスのものになるはずだ」
物言いは平坦で、それだけに事実なのだと突き付けられる。
実の兄弟であれば、家を継ぐのはユリウスになるだろう。
仮に実の兄弟でないなら、継ぐのはヨシュアであることが正しい。
そしてそれを確かめる方法が、今のユリウスにはない。
世界からヨシュアの存在が奪われ、弟の記憶と自らの居場所を無くした彼には。
🏰 王城で
八歳のラインハルトを、見た
「詮無いことだが、そう考えると私の立場は非常に複雑だ。自分で自分の明日をも知れないとはゾッとしない話だよ。もっとも、今の私にはユークリウスの家督の行く末よりも、自分の足下が定まらないことの方を優先すべきだが」
口の中が渇き、胃が軋む感覚を味わいながら、スバルは自分に歯噛みする。
今のユリウスに気遣わせるなど、馬鹿にも程がある。
「そんな生い立ちがあったものだから、当時の私はふらついていてね。養父に連れられて王城へ上がり、教え込まれた拙い礼儀作法を披露して帰ろうとしたところだ。そこでまだ、八歳だったラインハルトを見た。――それだけの話だよ」
少しばかり強引に、話を終わらせることを優先した。
❓ なんで俺に
なぜ、今それを話す気になったのか
「なんでそれ、急に俺に話す気になったんだ?」
「聞いてきたのは君だったと思ったが、私の勘違いだろうか?」
「いや、そうじゃねぇけど……それは俺が悪いけど、でも、そうじゃないだろ。お前がこんな話、俺にするなんて変じゃねぇか」
「そうでもない。ラインハルトやフェリス、近衛騎士団では周知の事実だ。当然、アナスタシア様も知っている、特別な話ではないよ」
微妙に納得がいかず、口をへの字に曲げる。
誰もが知っていることだ、とは言われても。
だからといって、自分から吹聴して回るような事柄でもない。
🕯️ 覚えている一人
「今の世で、私以外に最も私を覚えている君に」
唇を曲げた表情から、不満が伝わったのだろうか。
手綱を引き、少しだけ愛竜の足を速めると。
「そう、皆が知っていた話だ。――だから今、君にも知ってもらいたかったのかも知れない。今の世で、私以外に最も私を覚えている君に」
青い地竜が尾を振りながら加速し、表情は見えなくなる。
とはいえ、置いてけぼりにするほどの速度ではない。
単純に話の終わりを表明するための、相変わらずどこかキザったらしいやり口だ。
🐴 気遣い
返す言葉が、何も浮かばない
走る漆黒の地竜が首をもたげ、こちらを窺ってくる。
「前の地竜に並んであげましょうか?」といった仕草だ。
「ん、大丈夫だ。気ぃ遣ってくれてありがとよ、パトラッシュ」
淑女の首を撫でて感謝を表す。
「……らしくね」
小さく、拗ねたような言葉が口をついて出た。
弱気になっているのか、それとも悲劇の主人公でも気取っているのか。
まったくもって、腹立たしいとしか言いようがない。
(#-_-)
「ああ、クソ。馬鹿か俺は。いや、馬鹿だ俺は……」
🏘️ ミルーラ
答えは、町に着いても出なかった
結局、このときのユリウスの言葉への的確な返答は、何も浮かんでこなかった。
そしてそれは、アウグリア砂丘を目前とするまで出てこない。
一行が砂丘の最寄りの町、『ミルーラ』へ到着しても、出てこなかった。
第六章6『ユークリウスの銘』終了。