第七章19
『忌々しい再会』
グァラルを逃れ、森へ戻る。三日以上の道のりを逆走してでも、殴りたい相手がいた。
🎯 平原に、大の字で
死んでも、眠ってもいない
硬い土の上、大の字に寝転がって男は動かない。
死んでいるわけでも、眠っているわけでもなかった。
ただ目をつむり、乱れた呼吸を丁寧に整えながら、思考を組み立てていく。
「おい、生きてんのか?」
「――ああ、生きてるよ」
左の横腹に、太い矢が深々と食い込んでいる。
もう少し上なら、心の臓を穿っていた位置だ。
危ういところで命を拾った負傷だが、そのことへの感慨はあまりない。
🧠 追撃を止めて
「――獲物は、どっちかな」
「逃げた連中はオレが何人か引き連れて叩き潰す」
「――そりゃ悪手ってもんだろ、ジャマル」
「考えてもみろ。なんだって、連中は堂々とグァラルに入ってきたんだ?」
「――わざわざ乗り込んできた。街の外に伏兵まで忍ばせてな」
我が身を堂々と囮に使い、油断に乗じて敵を釣り出す。
怒りより、感嘆が胸中を占めていた。
「報復の機会はあるだろうさ。――奴らはどうせまたくる」
👊 三日以上を逆走して
「顔はやめロ。他なら許ス」
集落の中央、一番大きな木組みの建物へ乗り込む。
「――戻ったか。存外、早かったな」
いけしゃあしゃあと、そう言ってのける。
何も言わず、真っ直ぐ前へ突き進む。
見下ろすその鬼面を、伸ばした手で容赦なくむしり取った。
「待テ、スバル」
殴り飛ばす寸前、引いた右腕を後ろから止められる。
「顔はやめロ。他なら許ス」
「おらぁ――!!」
伸び切った胴体へ、拳を打ち込んだ。
「これでチャラになったと思うなよ、クソ野郎……!」
この一発を叩き込むためだけに、三日以上の道のりを逆走して戻った。
🐂 広場の真ん中で
「バッキバキだ!」
「見たまえ、妹よ! これが、かの有名な『シュドラクの民』の集落だそうだ!」
「みんな、あたしみたいに腹筋バキバキだ、バキバキ! あんちゃん、バキバキ!」
「バッキバキだ!」
情報の少ない未開の部族に囲まれている状況だ。
命の危機を覚えた方が、正常で適切な反応だとは思うが。
怯えや警戒、不安の類を一切見せない大物ぶりだった。
🧊 冷たい訂正
「この国に仕えるもの共が、貴様らの敵となったのだ」
「アベルさん、あの方たちは私たちが巻き込んでしまったんです」
「都市の前で立ち往生する私たちに親切にしてくれた。……ただそれだけの理由で」
「違うな、訂正してやる。俺たちや、外の連中を狙っているのは都市の兵ではない。帝国の兵だ」
否定し難い事実だと、理解はしている。
だが、理解することと、感情が納得することとは別問題だ。
⚖️ 落ち度の大半は
「俺だけでよかったはずだろうが」
「陣地の帝国兵に睨まれたのは俺のミスだ。敵対も、俺が選んだ行動の結果でもある」
「そうだな。『シュドラクの民』と接触する以前から、貴様の結んだ因縁だ」
「その因縁に言い訳はできない。敵を作ったのは、間違いなく俺だからだ」
🏹 見張っていた二人
遠距離からの、合わせ技
街の外で待つよう、二人には事前に指示が出されていた。
追われて逃げ出したときに、フォローさせるために。
「私とクーナがいなかったら、今頃はスバルの頭が斧で真っ二つになってたところなノー」
「……あそこまでヤバい状況とハ、アタイは聞いてなかったけどナ」
クーナの目で見張り、ホーリィの腕が射抜く。二人の技能の合わせ技だ。
別れ際にクーナがくれた言葉が、ヒントを与えてくれていた。
感謝は、この二人まで。全部を予測していた男に、優しくするつもりはない。
😤 黙ってないで
「――それがどうした」
「おい、黙ってないで何とか言ったらどうなんだよ」
「――それがどうした」
「……本気で言いやがった」
「そも、俺は最初から貴様に忠告したはずだ。――容易い道のりではないと」
「焼かれた陣の最寄りの街など、敗残兵が目的地とする可能性が最も高い。自明の理だ」
「だったら……だったら、最初からそう言えばよかっただろうが!」
🪨 掌から、土が
「余計な手間を省いたまでだ」
「答えろ、クソ野郎。お前、なんで俺たちを……」
「余計な手間を省いたまでだ」
「貴様のような輩は、賢者の忠告よりも愚者たる己の目で見たものを重視する」
「俺の口から何を語るよりも、降りかかる雨滴の厳しさは雄弁だ」
掌から土がパラパラと零れ落ちる。
たったそれだけの仕草で、八方塞がりだと突き付けられた錯覚を覚えた。
🪑 土の上に
初めて聞いた、自嘲
「……全部、お前の掌の上だってのか? 気に入らねぇよ」
「――。生憎と、俺の掌で転がせるのは一部の人間だけだ」
表情は見えず、声の調子にも変化はない。だが、自嘲のようだった。
初めて聞いた、この男の自嘲だ。
配下の謀叛を許し、王座を追われた無冠の皇帝。今の場所こそが、その証左だった。
🚪 集会場の入口から
「いヤ、色男ダ。部屋に置いておこウ」
「改めまして、僕はフロップ・オコーネル!」
「以後、皆様によろしくお願いするよ!」
「礼を弁えているようナ、弁えていないようナ……」
「姉上、どうされますカ? 部外者には下がるよう命じテ……」
「そうだナ……いヤ、色男ダ。部屋に置いておこウ」
「姉上……」
非常にシンプルな理屈だった。
🗺️ 抜け道
「――城郭都市グァラルを陥落させる」
「商人、貴様はグァラルにどの程度親しんでいる?」
「僕はなかなか、グァラルでは顔が広い方であると自負しているよ」
鬼面の向こうで、喉が小さく鳴った音を拾う。
「僥倖だ。拾い物だぞ、ナツキ・スバル」
「――都市に親しんだ行商なら、抜け道の一つや二つに心当たりはあろう」
「おい、待て、アベル。抜け道? 何を言い出した」
「巡りの悪い頭でも、使えば答えは見出せよう。ああ、貴様の考える通りだ」
第七章19『忌々しい再会』終了。
ジャマル
トッド
アベル
ミゼルダ
スバル
フロップ
ミディアム
レム
ホーリィ
クーナ
タリッタ