第七章16
『帝国事情』
城郭都市グァラル。帝国で最初の街の門には、厳しい検問が敷かれていた。
🚪 大正門の前で
身分証明も、袖の下もない
城郭都市『グァラル』。
野営地と森暮らしが続いたあとでは、街並みを見るだけで感慨がある。
だが、手放しには喜べない。
四方を防壁に囲まれたこの街は、東西の大正門でしか出入りできない。
その門には常設の検問があり、屈強な門兵が険しい目を光らせている。
「今の俺たちには身分を証明する手段も、門兵に渡す袖の下もない」
正攻法で乗り込むのは、無理だった。
シュドラクは一目でそれとわかるので、一緒には通れないのだ。
🫀 背中合わせで
「息遣いは聞こえます」
「……あまり険しい顔をしていると、周りに不審がられますよ」
「なのに、どうして俺が眉間に皺寄せてるってわかったんだ?」
「見えなくても、息遣いは聞こえます。背中が触れ合っているので心臓の鼓動も」
「……こっちにも、緊張が伝わってきます」
呆れと無関心の、ちょうど中間くらいの温度。
はっきりした嫌悪でも敵意でもない。
それだけで、ほんの少し安心してしまう。
💡 代案はある
百八の特技――『他力本願』
並ばないのが不思議でしょうがないらしい。
「では、どうするんですか? 悩んでも迷っても、目的は変わりませんよね?」
「ちゃんと考えがあるんだ」
「平然と嘘をついて、人として恥ずかしくないんですか?」
(;´Д`)
「少しは信じる姿勢を見せよう!?」
自分たちだけで通れないなら、自分たちだけでなければいい。
🎉 抜けた
石造りの、無骨な街並み
「抜けたぞー!」
「あーうー!」
仲間みたいな態度に思うところはあるが、ひとまず最初の関門は越えた。
ルグニカの街並みとは、やはり違った。
王国の街には、どこか異世界ファンタジーらしい華やかさがあった。
対してグァラルは無骨で、色が少ない。
飾り気より実用。剥き出しに整地された地面が、その印象を強めている。
街全体が、華やかさではなく強さの方へ統一されている。
🐂 ゆっくりした車輪の音
オコーネル兄妹
「やあやあやあ、お待たせしたね。積み荷の確認に時間を取られてしまってねえ」
眩い金髪と色白の肌、線の細い体を袖の広い服に包んだ青年。
「そんなのは未来へ旅する君たちではなく、僕に……ですらなく、僕の妹にでも任せておいたらいい」
「あんちゃん、あんちゃん、聞こえてんだけど!」
「ははは、聞こえないように言っていないよ、妹よ」
同じ髪色の、よく似た顔立ちをした長身の女性。
肩や足を大胆に晒し、髪を何房にも分けた奇抜な髪型をしている。
最も目を引くのは、腰の裏に差した二振りの蛮刀だ。
使い込まれた道具の状態から、こけおどしでないことは明白だった。
🧭 なぜ商人か
四組に断られたあとの、五組目
彼らを選んだのは、偶然ではない。
金もコネもない以上、検問を越えるには誰かの協力が要る。
――商人なら、交渉の余地がある。
その二人から受けた薫陶が、ここで効いた。
国が違っても、商人ならメリットを示せば話を聞いてくれる。
当たって砕けろで挑み、四組に空振りしたところで兄妹と出会った。
そして、癖のある二人を口説き落とした。
🎒 見返り
背負子ひとつと、引き換えに
「それにしても、本当に見返りはこの背負子でよかったのか?」
「素朴さは否めないがね。しかし、組み立て式であることと、持ち運びのために工夫された仕組みが興味をそそった」
彼女には価値が見出せなかったらしい。
正直、魔獣の角を要求される覚悟までしていた。
肩透かしと言っていい条件だった。
💍 設定上は
「妻です」
「もっと仲良くしたまえよ、君たち。妻と夫というものは支え合うものだ」
「そのですね、レムさん? 怒ってらっしゃいます?」
「は? どうして私が怒ると?」
「いや、設定上とはいえ、俺と夫婦という話は不本意なのではないかと……」
用意していたのは、旅の兄妹という嘘だった。
だがそれは、そっくりな兄妹を前にして即座に見抜かれた。
「全然似てないね、あんちゃん!」
🥶 冷たくなった汗
嘘が、見抜かれた瞬間
「どうして、あんなところで返事に困ったんですか?」
軽口で誤魔化すのも限界がある。
「嘘って見抜かれた瞬間、ものすごい体が緊張したんだよ」
「野営地で迂闊なこと言ったせいで肩をグサッとやられたのがトラウマになってんのかもしれない」
「下手な受け答えしたら、フロップさんたちが豹変するんじゃないかって思ってさ」
小賢しい頭と口八丁。それが、ナツキ・スバルの数少ない武器だ。
それが回らなくなれば、ただの足手まといに成り下がる。
「誰でも、痛い思いをすれば体は強張るものです。少なくとも、私はそう思いますから」
冷たく罵られると思っていた。
根が優しいのは知っていた。意外だったのは、それが自分にも向いたことだ。
🛏️ 人心地
安全を買うための、必要経費
「――やっと、人心地ついたぁ!」
中の上くらいの宿。値段も相応だが、安全を買うための必要経費と割り切った。
自衛力がないなら、安宿や野宿は選ぶなと。
悪さを企む相手にとって、いいカモになるだけだと。
部屋割りは男女で分けることになった。
💰 換金
法廷バトルみたいな、値段交渉
店主との間で交わされたそれは、法律を知らない人間が見る法廷バトルのようだった。
おかげで、魔獣の角は無事に帝国金貨へと姿を変えた。
「俺たちだけじゃ、どれだけ足許を見られてたか想像もつかねぇ」
「胸を張って背筋を正していれば、相手も簡単には仕掛けてこられない」
「そのうち、根拠のない自信も本物になってくれるかもしれない。そしたら儲けものじゃないか」
🤝 補い合う
「それも帝国流だ」
「僕と妹は二人旅だが、お互いに足りないところを補い合っている」
「そうでなければ、僕も妹もそれぞれの弱点が理由であっさり死にかねない。それも帝国流だ」
『帝国流』という言葉が、胸に重く圧し掛かる。
ここまで恐れてきた、形のない恐怖の源。――価値観の相違だ。
だがこの人の考えは、理解しやすく、距離が近い。
「皆が皆、武張った生き方や在り方に適応できるわけじゃない」
「重要なのは、与えられた枠組みの中、自分の折り合いをつけることだとも」
📜 皇帝の声明
閣下が、直々に指揮を執っている
「ここだけの話、帝都の方が色々と騒がしいようでね。それが飛び火しないとも限らない」
「ちなみに、それって皇帝となんか関係あったり?」
「皇帝閣下がどうという話はついぞ聞かないさ」
「今回の騒動も、閣下が直々に指揮を執っておられる」
「え?」
嘘を吐く理由が、この人にはない。
少なくとも彼は、自分にとっての事実を話している。
――だとすれば、声明を出したのは誰だ。
「アベルがただのイカレ野郎って線も、一応気に留めとくとしよう」
見たものを何でもそのまま信じていては、生き残れない。
🔁 見覚えのある仕草
「――旦那くん、しかめっ面はいけないよ」
案内された先には、路地の奥の隠れ家的な酒場があった。
護衛と、移動のための騎獣。それが今日の目的だ。
「なぁ、フロップさん、ちょっとミディアムさんと二人に頼みたいことが――」
――どこかで、何か微かに硬い音が響いた。
「――旦那くん、しかめっ面はいけないよ」
「……は?」
瞬きしたように視界が切り替わり、意識が空白を得ていた。
その仕草には見覚えがあった。ありすぎた。
ほんの数分前に交わしたのと、同じ会話が繰り返されている。
周囲の通りにも、見たばかりの光景が広がっていた。
第七章16『帝国事情』終了。
スバルたちが辿り着いた、帝国で最初の文明的な街だ。
クーナと
ホーリィとは別れている。
レム
ルイがぐいぐいと袖を引き、行列を指差してくる。
フロップ
ミディアム
オットーと、長旅を共にした
アナスタシア。