第七章11
『血命の儀』
話を聞いてもらうために、通らなければならない儀式がある。それは、命を賭けた証明だった。
🩸 儀式の名
「『血命の儀』ってのは、なんなんだ?」
「――『血命の儀』ってのは、なんなんだ?」
「誇りや約定の価値を高く見積もるシュドラクの民にとって、決して無視できぬ習わしの一つだ」
「森の外の陣地で捕虜になったと話していたな。待遇は?」
「……肩と背中の傷がその功績だよ。あとは、雑用もさせられた」
「雑用ということは、陣の中も見たな。おおよその配置は? ない頭を絞り尽くして、記憶からそれを引っ張り出せ」
答えは返らない。それより早く、複数の足音が近付いてきたからだ。
👭 姉と妹
「姉上! 本気なのですカ?」
「ウタカタから聞いタ。お前たちが『血命の儀』を受けると言ったト」
「いったい、どこで『血命の儀』のことを知っタ? それは我々、シュドラクの間にだけ伝わっている儀式のはずダ」
「笑わせるな、シュドラクの若き長よ。人間が二人いれば秘密は漏れる」
「……なるほどナ。どうやら、『血命の儀』を受ける資格はあるようダ」
「姉上! 本気なのですカ? こんな男たちの話を真に受けテ……」
「真に受けたわけじゃないサ、タリッタ。ただ、打ち捨てるには惜しいと思っただけダ」
髪を青く染めた女性。目力の強い顔立ちは、確かによく似ていた。
🎓 通過儀礼
対等に、話を聞いてもらうために
「それは我らシュドラクに古くから伝わル、一族へと己を認めさせるための儀式ダ。成人の儀と言ってもいイ」
「ああ、そういうやつか。けど、俺たちは別に……」
「戯けたことで時間を無為にするな。重要なのは、儀式の本質だ」
成人の儀の本質は、その集団において一人前であると認めさせること。
「そういうことだ」
「姉上、だったラ、エルギーナがよいのでハ?」
「『血命の儀』ハ、それが行われるときに最も大きな困難が選ばれル」
🌙 深い森を歩く
骨付き肉を持った、優しい人
目隠しも拘束もされず、シュドラクの民に囲まれて集落の外を歩く。
暗闇の中を手探りで進むようなもので、何度も足下を危うくした。
🟨 髪を黄色く染めた女性
「大丈夫ヨ~。私、力持ちだから全然平気だもノ~」
喋り方も顔立ちも柔らかい、ふくよかな体型の女性。
引き締まった女性が多いシュドラクでは珍しく、とても親しみやすい。
🟨 髪を黄色く染めた女性
「ケガの調子は平気なノ~? 手当て、私がしたノ~」
ただ、片手にずっと骨付き肉を携帯しているのが気になる。
🟨 髪を黄色く染めた女性
「あはハ、それはそうなノ~。それにお腹いっぱいだと死ぬときも苦しむノ~」
優しげな風貌でも、彼女はシュドラクだった。
🏃 逃げないのか
「唾棄すべき、くだらぬ英雄願望」
「時に、だ。貴様は今のうちに逃げ出そうとは思わないのか?」
「そういう、妙な誘惑かけるのやめてくれねぇか。考えなくはないけど、やらねぇよ」
「ほう、何故だ?」
森の闇は深く、数メートル先も見通せない。陣地の方角も距離も曖昧だ。
その上、周囲のシュドラクは全員、両手が故障した自分よりずっと上手。
何より――
「――。なるほどな。つまり、貴様はそういう輩か。唾棄すべき、くだらぬ英雄願望」
「あんだと?」
🕳️ 押されて
急斜面の、底
「ここダ」
「ここって、何にも見えねぇんだが……」
「ゆけばわかル」
背中を押され、一歩、二歩と踏み出したところで足が空を切る。
急斜面を滑り落ち、どうにか底で息をついた。
投げ込まれたのは、取り上げられていた装備。
鞭も、背中に刺さっていたナイフも、巡り巡ってこの場に戻っている。
「ウーたちが見てル! 頑張レ!」
🟨 髪を黄色く染めた女性
「それジャ、頑張ってほしいノ~っ」
のんびりとした声で、のほほんと微笑みながら、大岩で斜面の入口を塞ぐ。
信じ難い怪力。あの強固な即席の檻を誰が作ったのか、これでわかった。
💍 黒い宝石
「魔を封じた指輪だ」
「マシな方の指に嵌めておけ! 時間がないぞ」
放り投げられたのは、黒い宝石の嵌め込まれた指輪。
高級感と共に、奇妙な威圧感がある。
「魔を封じた指輪だ。使う前に口付けしておけ。限度はあるが、火を吐き出す」
「は? 魔? 口付け? いったい何を……」
「――くるぞ」
暗闇からぬっと姿を見せたのは、ぬらぬらと濡れた光沢の緑の鱗。
この密林で、すでに二度も遭遇した大蛇の魔獣。
「さあ、戦うがいイ、戦士の証を立てヨ! シュドラクの、狩りの眼が見届けル!」
🌡️ 熱を、見ている
ピット器官
大口が閉じ、大気が噛み殺される。爆風に押されて地面を転がる。
「何度も言わせるな、愚か者が。息を潜めろ」
マントの中に包み込まれる。――『姿隠し』。
「息を殺していれば、とっさに奴もこちらを見つけられぬ」
だが、違和感を覚えた。
蛇には、暗闇でも獲物の位置を把握するための熱感知器官がある。
――ピット器官。獲物の温度を探知する、暗闇の中の暗殺者。
噴煙を突き破って襲いかかった大蛇の鼻面で、炎が炸裂した。
⚔️ 通らない刃
鱗を、貫けない
最も貫通力のある刺突が喉元へ迫り、鋭い刃が鱗を深々と抉る――かに思われた。
「く……っ!」
先端を浅く突き刺したところで、それ以上の侵入を阻まれる。
渾身の一撃だった。それが、通らなかった。
「ゴーア! ゴーア! 重ねてゴーアぁ!!」
闇雲に連射しても、魔獣は長い舌で焦げた頬を舐めるだけ。
戦い始めてから三十秒。それだけで、勝算がないのがわかった。
🏹 頭上から
全員が、弓をつがえていた
「おい、ミゼルダさん! こいつは――」
きついと訴えようとして、息を呑む。
頭上のシュドラクの民が全員、弓をつがえてこちらへ狙いを付けていた。
誰一人例外なく、冷たく睨みつけている。
「一度始めた儀式だ。『血命の儀』に逃げ道はない」
――彼女たちは笑い合った相手と、一秒後には殺し合いができる。
その是非を問うことに、ここでは何の意味もない。
🎯 勝利条件
角を折れば、魔獣は服従する
「胴体の鱗は抜けん。心の臓を貫くのが無理なら、目や口から脳を狙うか?」
「たぶん、それも難しい。なら、俺たちの狙う勝利条件は、もうちょぴっと上だ」
「策は」
「俺が囮、攻撃役は怪しい覆面男」
「怪しい? ここにいるのは高貴な覆面男だけだな」
戦士の証なんて、似合わないし欲しいとも思わない。だが――
🔥 谷を焼く
「逃げるんじゃなイ、戦う気ダ!!」
左手から投じられたのは、鞭の先端。
右でも左でも扱えるよう、師匠に技を仕込まれていた。
狙ったのは鱗ではなく、その頭上に生い茂る太い枝。
鞭を絡ませ、体が勢いよく跳ね上がる。
「――っ、姉上! あの男ガ、逃げル!!」
空を旋回しながら、右手の指輪で崖の縁に狙いを付ける。
「ごおおぉぉぉぉ――!!」
溢れ出す炎が蔦や枝に燃え移り、凄まじい業火となって谷間を焼く。
「いいゾ、いいゾ、面白いゾ!」
谷が炎に包まれれば、熱感知は死ぬ。
「大方、熱を見るといった手法か。――それも、もはや通用せぬ」
『姿隠し』のマントが、飛びかかる姿を見失わせた。
🖤 とっさの手
「俺は、『死に戻り』して――」
崖から飛び降りた剣が、白い角へと銀閃を奔らせる。
――だが決着の寸前、大蛇が頭部をひねって剣撃をずらした。
「かふっ……く、ぬかった……ッ」
立てない。『姿隠し』にくるまる余裕もない。大口が開かれる。
世界から色が抜け落ち、音が消え、空気の流れさえ感じなくなる。
静止した世界へ溢れ出る、黒い影。
🖤 影
「――愛してる」
「……ああ、耳にタコだよ」
心の臓を握られ、全身が指先からすり潰されるような激痛。
「俺を、見ろぉ――っ!!」
膨れ上がる瘴気を感じ取った大蛇が、頭上の元気で臭い方へ振り向く。
――その頭部へ届かせるには、振り向いてもらわなければならなかった。
💥 柄頭へ
魔石ごとの、一発
鞭を手放し、体が放物線を描いて飛ぶ。
上顎に足をかけ、無様につんのめるように前へ。
眼前には、半ばまで刃を埋めた白い角と、その刀剣の柄頭。
「あ、あああぁぁぁぁ――っ!!」
体を回転させ、渾身の右拳を叩き込む。
ただの拳撃で、この太い角が断ち切れるとは思わない。
だが、それはただの拳撃ではない。――魔力のこもった、魔石ごとの一発だ。
宝珠が割れ、赤い光が漏れる。
刹那、光は膨れ上がり、爆裂を起こして全ての視界と音が消し飛んだ。
🗣️ 望みを語れ
「れむ、を……た、すけて……」
仰向けの体が痙攣し、口の端から黄色い胃液がこぼれる。
すぐ真横に頭を落とした大蛇の震動を、瀕死の意識は気付けない。
「――ナツキ・スバル! 立て! 今すぐ、立て!」
「立って、言うべきことがあろう! 女を、レムという女をどうする!」
「貴様の口から語れ! 貴様の望みを、俺の口が語ることはできん!」
「――あア、シュドラクの族長、ミゼルダが見届けタ! 戦士ヨ、我が同胞ヨ! 何を望ム!」
「その閉じた瞼の裏に、己が欲するものを描け。――怠惰な豚に、くれてやる餌などないのだ!」
銀髪の少女が見える。クリーム色の髪をした幼い少女、桃色の髪の少女。
灰色髪の青年や金髪の少年、他にもたくさんの、人の顔が見えて。
――青い髪の少女が、その人たちの中にいるのが嬉しくて。
「れむ、を……」
「なんだ!!」
「聞いたか、シュドラクの民よ。これが新たな同胞の願いだ」
「皆まで言うナ。――我らには誇りモ、勇気もあル」
ゆっくり、ゆっくりと意識が遠ざかっていく。
第七章11『血命の儀』終了。
スバル
アベル
ミゼルダ
ウタカタの頭に手を置いている。
タリッタ