狼の国を読む WEB版・初見向け解説
20話収録

第七章6

『はるか南の地』

捕虜になった。武器も自由も奪われた場所で、まず知るべきは、ここがどこなのかだった。

♟️ いつかの一夜

「囚われの身になったことが一番でしょうね」

スバル

「なぁ、行商人やってて一番ヤバかったのってどんなときだった?

オットー

「なんですか、それ。また嫌な質問をしますねえ……」

シャトランジ盤を挟んで、スバルスバルとガーフィールガーフィールが向かい合っている。

オットー

「ガーフィール、商人を二歩前進ですよ」

スバル

「あ! オットー、てめぇ!」

オットー

「僕が人生で危なかったことは何度かありますが、危険な集団に囚われの身になったことが一番でしょうね」

ガーフィール

「危ねェ連中ッだァ? 野盗にッでも襲われッたかよ」

オットー

「フルフーや竜車も引き離され、武器も道具もない状態で簀巻きにされて、死を覚悟したもんですよ」

ガーフィール「絶体絶命ッじゃァねェか」

⛓️ 縛られたまま

「あの子らは今、牢に入れてる」

――捕虜。

その一言で思い出したのが、あの一夜の四方山話だった。

武器も道具も取り上げられ、自由も奪われ、得体の知れない相手に囚われる。

確かに、『死』を覚悟して当然の状況だ。

スバル

「レム……俺と一緒に、女の子がいたはずだ。どうなった?」

トッド

「無事だよ、無事。二人とも元気だ。ちょっと元気すぎるくらい元気」

明るい橙色の髪をした、スバルスバルより少し年上ぐらいの青年。

人好きする笑みを浮かべているが、鎧の下は戦士のそれだ。

騎士は華やかで、戦士は無骨。求められるモノが違う。

騎士には人心の安堵を得る清廉さがいる。戦士に必要なのは、戦うための力のみ。

トッド「あの子らは今、牢に入れてる」

👢 折れた指を

「聞かれたことに答えりゃいいんだよ」

詳しく聞こうとした瞬間、折れたままの三本の指に激痛が走った。

後ろ手にされた負傷部位を、片目に眼帯をした男が踏み躙っている。

ジャマル

「囚われの身の自覚が足りねえ奴だな、てめえは。聞かれたことに答えりゃいいんだよ、違うか?」

トッド

「ジャマル、やめろ! また気絶しちまうだろ!」

ジャマル

「どうせ三本折れてんなら、あと二本も……」

静かに名前を呼ばれ、ジャマルジャマルは渋々足を引いた。

ジャマル

「ちっ。トッドに感謝しとけ。胸糞悪ぃ」

トッド

「水辺でお前さんらを見つけたのはジャマルの部隊だったんだが……そこで、お前さんの連れの子にだいぶ抵抗されたらしくてな」

トッド「部隊の仲間が半壊、隊長のあいつは面目丸潰れってわけだ」

先に目覚めたレムレムが、やってきた部隊を叩きのめしたのだ。

スバル

「俺、あいつ、嫌い……」

トッド

「はは、奇遇だな。俺もあんまり好きじゃないよ」

🌲 探し人

「お前さん、『シュドラクの民』かい?」

トッド

「聞きたいことはひとまず一個だけだよ。――お前さん、『シュドラクの民』かい?」

スバル

「……しゅどらく?」

トッド

「その反応でわかった。お前さんは無関係だってな」

スバル

「おいおい、待てよ。まだ何にも答えてないだろ」

トッド

「士族を聞かれて偽る奴はいない。聞き覚えがない奴もな」

トッド

「俺たちの探し人だよ。あのでっかい森……バドハイム密林のどこかにいる」

右も左も、果てなく地平線まで緑が続いている。

奥行きもそれに匹敵するなら、比喩抜きにアマゾンに匹敵するかもしれない。

スバル「……控えめに言って、無理なんじゃないか?」

トッド

「帰るのが何年も遅れたら、婚約者にそっぽ向かれちまうよ」

🔪 家宝、ということにした

剣狼の国紋

トッド

「お前さんの荷物を漁ったら出てきたナイフ、あれはどこで手に入れたもんだ?」

――森で会った、覆面の男から譲られたもの。

もしあの男が彼らの探す『シュドラクの民』だったなら、話すのは恩人への裏切りだ。

スバル

「――。あのナイフは俺の家のもんだよ。家宝だ」

トッド

「そうなのか? おいおい、それじゃ、お前さんちょっとしたもんじゃないか」

トッド「剣狼の国紋が入ったナイフだ。ああいうのは皇帝から臣下が直接賜るもんだって」

スバル

「――待て」

ナイフの謂れは、ひとまずいい。問題はもっと別のところにある。

――剣狼の国紋、それに皇帝。

🏴 風になびく青

剣に貫かれた、黒い狼

足を止め、周囲に改めて目をやる。

いくつもの天幕、焚火、嘲笑する男たち、大きすぎる森。

そして大きな天幕の傍に、風になびく青い旗があった。

――青い旗の中央には、剣に貫かれた黒い狼が描かれている。

この一年、いつまでも異世界人だと胡坐を掻かないため、常識を勉強してきた。

その成果と、剣に貫かれた狼――『剣狼』とが一致する。

スバル「――神聖ヴォラキア帝国」

王国と帝国の国境を飛び越えていたことを、このとき初めて理解した。

📣 背後で爆発

「――ヴォラキア万歳!」

南を支配する、最も大きな国土を持つ大国。

肥沃な大地と温暖な気候に恵まれた土地では、当然の如く仕組みが形成された。

多数の種族と民族が入り乱れ、強者が全てを手に入れ、弱者は失い虐げられる。

つまるところ、スバルスバルにとって最も相性の悪い人々の住まう地だった。

スバル

「――神聖ヴォラキア帝国」

トッド

「――ヴォラキア万歳!」

スバル

(;゚Д゚)

「うお!?」

神聖ヴォラキア帝国と呼びかければ、ヴォラキア万歳と答える。

それが彼らの常識であり、国民性の一端なのだ。

🤐 明かせない

身分という切り札が、封じられる

スバル

「……俺がルグニカの人間だって、迂闊にばらせなくなった」

現在の立場は、王選候補者エミリアエミリアの一の騎士。

一代限りとはいえ、正式に叙勲を受けたルグニカ貴族の端くれである。

王国の中でなら、身分を明かせば便宜も図ってもらえる。

だが、ここは違う。

四百年以上前、両国は幾度も国土を巡る大戦争を繰り返した。

今なお冷戦状態にあることは疑いようもない。

ここは戦場の端の陣地だ。ジャマルジャマルのような輩に、国賓待遇が望めるだろうか。

スバル

「絶対無理だ」

同行者が、それすら忘れているレムレムだったことは不幸中の幸い。

本当に、不幸の不幸の不幸の中の、小さな幸いだった。

🔒 鉄の檻

「鼻や歯は大丈夫でしたか?」

陣地の端に設置された、整然と並ぶ鉄製の檻。

その中に、ぺたりと座った少女がいた。

スバル

「レム!」

レム

「――っ、あなたは」

変わらぬ敵愾心で睨まれる。それでも、まずは無事が確かめられれば――

小股で急いだ結果、足がもつれて前のめりに倒れた。

手が使えず、顔面から鉄の檻に激突する。

レム

「ちょっ、いきなりなんですか!?」

スバル

「いや、悪ぃ……お、怯えさせるつもり、は……」

レム

「怯えたりしません! 馬鹿にしないでください。……鼻や歯は大丈夫でしたか?」

スバル

(・∀・)

「え!? 心配してくれたの?」

レム「は? 違いますけど?」

📦 数日後に

補給隊と一緒に出る

トッド

「そんな誰彼構わず噛みついてると、狂犬なんて異名を付けられるぞ」

レム

「言うに事欠いて、私を犬呼ばわりですか。体臭だけじゃなく、失礼な人ですね」

塩対応はスバルスバルに限らず、帝国人に対しても一貫しているらしい。

トッドトッドが例のナイフで、手足の縄を切ってくれる。

トッド

「見ての通り、俺たちは森にいる『シュドラクの民』と戦うために布陣してる。下手にうろちょろしてると、別の陣地の奴らに捕まるぞ」

スバル

「ジャマルだらけの陣地で、腹いっぱい靴を食わされる可能性もあるってことか」

トッド

「俺は痛いのとか嫌いだから、なるべく話して進めようとするけど」

トッド「数日後に補給隊が近くの町に向かう。その補給隊と一緒に陣地を出れば、余計な騒ぎを起こさずに済むだろうさ」

🚨 治療という言葉

「どうもこうもねぇ、全員死ぬぞ!」

スバル

「そう言えば、あいつはレムと一緒に檻に入ってないんだな。どこいったんだ?」

レム

「あの子なら、治療のために連れていかれました」

スバル

「治療……治療?」

呆けたあと、真顔になって牢に飛びつく。

スバル

「治療って言ったのか!?」

脳裏をよぎったのは、最悪の可能性だった。

正気を失っている状態らしきルイルイ。

彼女が治療を受けることで正常に戻り、大罪司教として復活する可能性。

そうなれば、この陣地の帝国人が束になっても多数の犠牲が出る。

スバル

「どうもこうもねぇ、全員死ぬぞ!」

💥 金色の弾丸

包帯が、巻かれていた

スバル

「悪い! ここに、金髪の恐ろしいガキが――」

天幕をめくろうとした瞬間、中から凄まじい勢いで金色の弾丸が飛び出す。

狙い違わず鼻の下を直撃し、尻餅をついた。

そして、とっさに地面についてしまった。――指の三本折れた、左手を。

スバル

「ぐぎゃああああ――ッ!!」

ルイ

「あー! あー! うーあー!」

悶え苦しむ胸の上に跨り、キャッキャとはしゃいでいる。

ルイルイの頭には、包帯が巻かれていた。

額の傷は、魔法ではなくシンプルな医療手段で手当てされている。

治ってほしくないところに、治癒が及ぶことはない。懸念は杞憂だった。

トッド

「こんなに懐いてる子を知らない子扱いして、大切にしてる子には冷たく当たられてる。お前さん、大変みたいだな」

スバル「ひとまず、生きてる。それが大事だ」

🛠️ 無駄飯喰らい

「働かざるもの食うべからず」

トッド

「で、お前さんはどうする? 数日後の補給隊に同行するってことで進めていいのか?

スバル

「あ、ああ、それで頼む。けど、世話になりっ放しなのは悪いな」

トッド

「うん? それなら安心しろい。無駄飯喰らいを置いとくつもりはないから」

トッド

「これだけの陣地だ。人手はいくらあっても足りないからな」

スバル

「……働かざるもの食うべからず、ってか?」

トッド

「そうだな。まさにそれって感じだ。お前さん、いい言葉知ってるじゃないか」

その横で、ルイルイが真似るようにうんうんと頷いている。

スバル「……何もするなって言われたり、靴食わされるより、ずっとマシか」

第七章6『はるか南の地』終了。