第七章3
『VSレム』
罠、罠、罠。逃げる少女は、ただ逃げるだけでは終わらなかった。
🧹 いつかの屋敷で
「上辺を取り繕わせたら王国随一です!」
「やれやれ、所詮はバルスね。恥を知りなさい」
「お前だって、俺に説教できるほど仕事してねぇだろ!」
「ラムはバルスと違って要領が本当にいいのよ。朝の割り振りの時点で、自分の担当が最小限になるよう誘導したわ」
テキパキ進める能力ではなく、仕事を避ける能力。
「スバルくんは、上辺を取り繕わせたら右に出るものはいません。王国随一です!」
(;´Д`)
「名誉棄損で訴えられそうな表現!」
「相手の立場になって考えれば、自然と見えてくるものもありますよ。レムはいつも、スバルくんのことを考えてますから」
細かなところまで目が届く。それが、万能メイドの基本だった。
🪢 輪っかの罠
宙に吊られて、落ちる
一瞬の浮遊感と、硬い地面に受け止められる痛み。
「いちち……ああ、大自然以外の追撃がなくて助かった。ナイフ様々だぜ……」
見上げれば、大樹の枝から地面へ蔦が伸びている。
足首の上を通ると締め上げて吊り上げる仕組みだった。
森に入って、すでに一時間以上。
痕跡の偽装は看破できた。距離は確実に縮んでいる。
だが、それをゼロにさせない障害があった。
見つけた(痛い目を見た)罠の数は、十を下回らない。
自由の利かない足で逃げながら、足手まといを連れて、それをやり遂げている。
📈 上達していく
レムは、戦いの中で成長している
草を結ぶ、浅い落とし穴。転ばせるための小トラップ。
蔦や倒木を使った、本格的な足止めの中トラップ。
そして――
腰から抜いた鞭を振るい、怪しい地面を強く打つ。
その地点目掛けて、強烈な反動を伴った枝の一撃が二発、三発。
直撃していれば、腕の一本や二本は折れて不思議のない威力。
森の奥へ進むごとに、罠の危険性と威力が増している。
容赦を失っているのではない。
「追いかけられて罠を作るうちに、どんどん学習して罠の腕が上がってやがる」
記憶がなくても、その気質は失われていない。
――嬉しいことのはずが、今はそれが刃になって返ってくる。
🍞 パンくず
手掛かりを残しているのは、誰か
木の皮が小さく毟られた跡。猫が柱を引っ掻いたようなささやかな傷。
こうした児戯のような跡が、ここまで導いてくれていた。
その正体は、『足手まとい』の痕跡だ。
罠を作っている間、置いておかれた彼女が勝手にやっているのだろう。
あの大罪司教の存在が、自分の手助けになっているなど。
『名前』と『記憶』を直接奪ったのが彼女でなくても、三兄妹の罪は同等だ。
😤 理不尽への怒り
「どうして、こんな追いかけっこを」
「どうして、俺はレムとこんな追いかけっこしなきゃならないんだよ……!」
前例がある以上、元通りで目覚める期待は大きく持てなかった。
それでも支えてやれると思っていた。
それなのに今、頼れるもののいない森で、逃げる彼女を追いかけている。
運命はいつも、最も過酷な道を用意する。
それも、自分だけでなく、周りの大切な人たちへ向けて。
両手で頬を強く張る。
「――泣き言は、もう十分かよ、ナツキ・スバル」
苦難という鞭に打たれ、そのたびに立ち上がってきた。今日もそうする。
👃 どれだけ臭うのか
異世界生活史上、最も魔女臭い男
そうでなければ、これほど過剰に罠を仕掛ける理由がない。
確信できている理由は、やはり魔女の残り香だ。
残り香は日ごとに薄れるが、『死に戻り』の直後や頻度で大きく増す。
この半日、監視塔で幾度も回数を重ね、そのまま飛ばされてきた。
逃げても距離が開かないとなれば、彼女も焦れてくる。
焦らせて相手のミスを誘うのは常套手段だが、今回はそれを避けたい。
友好的な関係を、新しく築きたいのだから。
🕳️ 見え見えの痕跡
「――そら!」
剥がされた木の皮を見つける。今度はわかりやすい位置にあった。
――わかりやすすぎる位置に。
目端が利いて気配り上手な彼女なら、あからさまな痕跡は消したはずだ。
それが残っている。
草原の足跡での攪乱。熟達していく罠の腕。そして、この大きな剥ぎ跡。
違和感というパズルが、頭の中で組み上がっていく。
抜いた太い草の塊を、進むはずだった道の先へ投げ飛ばす。
壮絶な音を立てて草むらが沈没し、大穴が大地を呑み込んだ。
周囲の木々がへし折れ、倒木が次々と穴へ落ちて埋め立てていく。
落ちていれば、身動きもできないまま生き埋めだった。
追跡のヒントそのものを、罠にして口を開けて待っていた。
💥 木の上から
「――はああぁぁぁ!」
罠が足止めにならないとき、彼女ならどうするか。
相手の位置は臭いでわかる。頼りにしているパンくずの正体もわかった。
ならば、それを逆手にとって直接、原因を絶ちにくる。
「痺れを切らしたら、自分から仕掛けてくる。――そうだろ、レム!」
皮を剥がされた木を見上げた、ちょうどそのときだった。
読みは的中した。問題は――
飛びかかってくる彼女を、止められないことだった。
「ぐおあ!」
不自由な足でここまで動けることも、
自分の体がとっさに受け止めようとしてしまったことも、想定外だった。
🙇 やり直させてくれ
「俺に、もう一度チャンスをくれ」
「どこまでもどこまでも、しつこい人!」
「ま、待て、レム、話を聞いて……」
「くどいです!」
振り回した腕が当たり、鼻血がこぼれる。
「鼻が曲がりそうなんですよ! あなたが近付いてくると、すぐにわかります」
立てる自分と、這いつくばる彼女。有利に見えて、腕力一つでひっくり返る差だ。
「俺の第一印象が悪いのは自覚がある。これでも十八年、自分って存在と付き合ってきてんだ。だから、やり直させてくれ」
「俺が悪かった。何もかも忘れて不安なお前に、一個も説明してやれなかった」
必要なのは、自分を守る言葉ではない。訴える言葉だ。
両手を上げたまま、その場に深々と腰を折る。
🧊 本当の理由
「それだけ、ですか?」
「――それだけ、ですか?」
「……え?」
「あなたが私に弁明するのは、それだけなんですか?」
その声に込められていたのは、静かな怒り。堪え難い怒気だった。
「その体からとてつもなく邪悪な臭いを漂わせていることは、もちろん怪しいと思っています。でも」
「そんな非情で卑劣な相手を、どう信じろと言うんですか」
叩き付けられた言葉が、脳に浸透していく。
目つきの悪さでも、なすりつけられた残り香でもなかった。
――自らの行動で、彼女の信頼を毀損したのだ。
そのことを、見落としていた。
🤐 答えが出ない
何を言えばいいのか、わからない
とっさに、答えが見つからない。
謝罪と、言い訳と、真実と。どれを優先すべきなのか。
子どもを見捨てようとした事実を謝る?
あれには理由があったのだと言い繕う?
奴は幼い怪物なんだと、事実を激白する?
どれを選んでも、あの不信の眼差しを変えられる気がしない。
そしてそれは、すでに確定してしまった自分の行いの結果だった。
「――何も言わなくなりましたね」
彼女は上体を持ち上げ、距離を取ろうとする。
打ちのめされた相手は、もう追ってこないと思ったのかもしれない。
もちろん、そんなことはない。手は差し出し続ける。
お別れなんて、そんなことはない。そんなことはないのだが――
🏹 木々の向こうに
「――レム!!」
去ろうとする背へ、名前を呼ぼうと手を伸ばしかけた。
その視界に、変化が生じる。
鬱蒼とした木々の向こう。わずかにちらついた影。
――見覚えが、あった。
くる、と思うより早く、その背へ飛びつく。
驚いた小さな体が硬直する。
くるむように抱きしめた、瞬間だった。
強弓から放たれた矢が頭上を通過し、大木がど真ん中を射抜かれて吹き飛んだ。
第七章3『VSレム』終了。
スバルは自分の仕事ぶりに顔をしかめた。
ラム
レムが動き回っている。
ルイがそれを台無しにしている。
エミリアや
ベアトリス――仲間と助け合えるはずだったから。