第七章2
『アニマルトラッキング』
森に呑まれた少女を追う。だが、追いかけっこの相手は、ただ逃げるだけの相手ではなかった。
📖 いつかの講義
「お前は常に自分が死にかけの状態だ」
「――いいかしら、スバル。今後、お前は常に自分が死にかけの状態だってことを理解する必要があるのよ」
(・∀・)
「わりと笑えない冗談言うじゃねぇか、この幼女様は」
「幼女でもないし、冗談でもないかしら!」
ゲートは、魔法を使うために生き物の内側にある器官。
排出できないマナは、体内に溜まり続ける。
「まさか、パンパンになって破裂するとか言い出すんじゃねぇよな?」
「冗談抜きに、その認識で正しいのよ」
溜まったマナが濁り、やがて――ボン、といく。
救いは、契約で魂が繋がっていること。
🔄 くるくる、が途切れて
胸に、矢がない
回る視界が唐突に途切れ、意識が覚醒する。
溺れるような苦しみは消え、背中に大地の大きさを感じた。
(;´Д`)
胸の中央を見る。突き立ったはずの矢が、ない。
木々でこすった擦り傷も消えている。
「死ん、だ……のか」
塔から飛ばされて、ほんの十数分。
それだけで、命を落としたのだ。
彼女が目覚めたことは、なかったことになっていない。
――だが、二人の姿はどこにもない。
🏹 名前のない脅威
俺を殺した奴がいる
「それに、俺を殺した奴がいる。……さすがに、あの弓矢がレムの攻撃ってことはないはずだ」
弓と矢は、短時間で用意できるものではない。
鏃も矢羽もついた、尋常でない強弓の一撃だった。
何としても、その毒牙にかかる前に見つけなければならない。
たとえ、記憶のない彼女がこちらを味方と思わなくても。
💡 反応なし
味方だと、思われていない
「――コル・レオニス」
監視塔で猛威を振るった権能。
周囲にいる味方の位置を、淡い光として捉える探査技。
発動は、確かにできている。
それなのに、光は一つも見当たらない。
「……ダメだ、反応がない」
遠すぎるのか。それとも――
🧠 何を失ったのか
エピソード記憶の欠落
だが、組み伏せる技も、魔女の残り香を嗅ぎ取る力も残っていた。
物の名前や、体に染みついた反射は覚えている。
失われたのは、自分や他者の名前と、思い出にあたる中身。
自分を『私』と呼び、臭いから本能で警戒したのも、その証だった。
落ち着いて自分を振り返る時間を、彼女は必ず作る。
🏕️ 森が開けて
誰かがここにいた痕跡
森を抜けると、また草原に出た。
同じ場所へ戻ったかと血の気が引くが、草の背丈が違う。
前は三百六十度が森だったが、こちらは正面に地平線が見える。
目を引いたのは、草原を切り開いて作られた小さな空間。
焚火の跡と、切った草を並べた寝床らしきもの。
誰かが、ここで過ごしていた。
一番可能性が高いのは、自分を殺した相手だ。
即座に離れるべきだと、頭ではわかっている。
だが、密林を進むには刃物の一本が欲しかった。
「せめて、ナイフかそれっぽいものが見つかれば――」
🗡️ 首筋に、冷たいもの
「ほう、刃が欲しいか」
👤 背後の声
「――ほう、刃が欲しいか。それはずいぶんと間のいいところへ現れたな」
首の右側に当てられているのは、磨き上げられた剣の刃だった。
(;゚Д゚)
👤 背後の声
「貴様の命がこちらの……俺の手の中であることを失念するな」
言葉の選び方には癖があるのに、不思議と違和感がない。
👤 背後の声
「この辺りでは見ない格好だな。手足も白い……地元のものではない」
口を開こうとすると、首筋を浅く斬られた。
👤 背後の声
「腰の鞭も、森で使うには不便極まりない。……貴様、俺を追ってきたわけではなさそうだ」
こちらの心中を、後ろ姿だけで読み取ってくる。
🎭 振り返れば
ボロで顔を隠した男
👤 覆面の男
「――ゆっくりと振り返れ。おかしな真似をすれば」
「首を刎ねるって?」
👤 覆面の男
「いいや、手足を落とし、心の臓を抉り、貴様の目の前で焼き尽くす」
(╬゚Д゚)
「邪悪すぎる脅迫!」
振り返った先にいたのは、奇妙な風体の男だった。
服装は上等な貴族風で、この場にはあまりに場違い。
顔に巻かれたボロは、元はマントだったはずのものだ。
――弓矢が、ない。
「……どうやら、あんたは狩人じゃないっぽいな」
👻 消える
『姿隠し』
「もしかしてそちらさん、瞬間移動できるか、透明になれたりする?」
覆面から覗く黒瞳が細められる。怒りではなく、興味の色だった。
👤 覆面の男
「何故、そのような発想をするに至った?」
近付く前に、周りは警戒していた。
自分の警戒を超えて動ける者が大勢いるのは知っている。
だがこの男から感じる気配は――失礼を承知で言えば、普通だ。
ラインハルトやガーフィール、ヴィルヘルムやユリウスを知る目から見て。
直後、目の前の男が視界から消えた。
「いなくなった……けど、目の前にいる?」
👤「――正解だ。『姿隠し』は気配までは消せん」
寝床は囮で、少し離れた場所から息を潜めて見ていたのだという。
🧩 事情を話す
「下手をしたな」
青い髪の少女を見なかったか。答えは、否。
👤 覆面の男
「この森ではぐれたとあれば、そうそう合流などできるものではあるまい」
「悪いが、そうはいかねぇ。それこそ、俺の命より大事な子なんだよ」
無謀を嘲笑う態度。だが男は、その目を指差した。
👤 覆面の男
「嘘偽りを述べる目ではない。……それで多少は興が乗る。俺が、知恵を貸してやろう」
疑う気持ちが出てこない。胡散臭くはあるのに、それ以上の説得力があった。
おそらくそれは、この男の持つ天性のカリスマだった。
事情を聞き終えた男の第一声は、辛辣だった。
👤「下手をしたな」
🦊 撹乱
痕跡は、囮だった
👤 覆面の男
「――その娘、頭はそれなりに回るな?」
👤 覆面の男
「だとしたら、貴様は謀られた可能性が高いな」
「は、謀られた? 俺が騙されたってのか?」
👤 覆面の男
「例えば、自ら草原に痕跡を残し、逃げた方向を偽装するなどだ」
――涎を垂らし、駄犬のように痕跡を追いかけて走り出した。
それが、実際に起こったことだった。
「確かに、森の入口から奥で痕跡は見つからなくなった」
👤 覆面の男
「その場合、往々にして相手の選ぶ方角は真逆だ。心理的にも、最も遠ざかる方法を選ぶのが理に適う」
🤝 貸し借り
「こいつは間違いなく、あんたへの借りだ」
革の鞘に収まった、小さなナイフ。
👤 覆面の男
「鞭の一本で立ち向かえる森ではあるまい。せいぜい、うまく使うがいい」
「いいのか? 俺は何にも返せてねぇぞ」
👤 覆面の男
「構わぬ。たまには俺も施しがしたいだけだ」
「――俺の名前はナツキ・スバル。こいつは間違いなく、あんたへの借りだ。受けた恩は必ず返すよ」
深々と一礼する。男は「ふん」と鼻を鳴らした。
「中におっかない狩人がいる。遠くから弓で仕留めにくるから、どっかいくなら、この森は迂回推奨だ」
👤「――。なるほど。わかった。留め置こう」
恩人が、いきなり狩人の手にかかる展開だけは避けられた。
👣 本命の足跡
「ようやく、尻尾を掴んだぞ」
もらったナイフの切れ味は鋭く、枝葉を落として進むのに大きく役立った。
酷使しても刃こぼれの気配がない。かなりの名刀なのかもしれない。
元の草原へ戻り、ひっくり返らされた周辺を探る。
これ見よがしな痕跡と、ちょうど反対の方角。
不均等な形で残された、消しきれなかった足跡。
消そうとした努力の跡がある以上、こちらがさらなる囮ということはない。
⚡ 足下で
――罠?
泥についた足跡は誤魔化せない。これなら追いつける。
勢い勇んで踏み出した、次の瞬間だった。
足下で、結ばれた蔦が切れる。
支えていた枝が反動たっぷりに射出され、横合いから脇を打った。
「げおっ」
自分の腕ほどもある枝の横薙ぎ。体が盛大に吹き飛ぶ。
泥の上を転がり、しばらく立ち上がれない。
「い、今のは、まさか……」
――罠?
逃げながらも、逃げるだけでは終わらない。
記憶をなくしながら、己の持てる力を尽くす少女。
第七章2『アニマルトラッキング』終了。
ベアトリス
スバル
レムに首を絞められて昏倒したあと。
ルイの位置もわからないことが、その証拠だった。