第七章1
『洗礼』
プレアデス監視塔。噴煙が晴れたそこに、二人の姿はなかった。
🌫️ 噴煙が晴れて
空っぽになった『緑部屋』
薄紅の瞳を凝らしても、動くものは何も見つからない。
黒いものも、青い可愛らしいものも。
監視塔の四層はひどい有様だった。
通路は崩れ、天井も床も砕かれている。
壁の穴の向こうには砂海の空が見え、渇いた風が吹き込む。
中でも『緑部屋』は、草と蔦を根こそぎにされ原形をとどめていない。
「ラム……スバルと、レムはどこにいったの? 無事、なのよね?」
その痛いぐらいの沈黙こそが、問いの答えだった。
🖤 何が起きたのか
指向性のある、シャマク
塔を襲った黒い影は、🐉 ボルカニカの息吹が薙ぎ払った。
それがなければ、全員ただでは済まなかった。
「あの影は陰魔法……少なくとも、陰属性の代物だった」
「あれは陰属性の塊だったかしら。それも、指向性のあるシャマクに近いのよ」
シャマクの特性は『分離』にある。
低級なら肉体と意識を、上級なら空間と空間を分かつ。
「その説明やと、ナツキくんたちバラバラになってへん?」
「あの影はスバルたちを切り刻むためのものじゃなかったのよ。でも、取り込んでどこかへ運ぼうとはしてたかしら」
――どこかへ、運ぼうとしていた。
💠 生きている根拠
それで死んではいません。確実に
「それで死んではいません。確実に」
そっと自分の額――角があったと思しきあたりに触れる。
双子の共感覚。それが、確信の根拠だった。
「レムは生きています。……バルスはともかく」
(╬゚Д゚)
「スバルだって大丈夫かしら! そっちはベティーが保証するのよ!」
二人の生存は、別々の角度から確かめられた。
🧭 遠く、南へ
「――南、なのよ」
「お願い、二人とも。スバルとレムはどこにいるの? 教えて」
数秒の沈黙のあと――
「――南、なのよ」
「ラムも、同じ方向だと感じます。位置まではわかりませんが、かなり遠いと」
現在地は、世界図で最も東のアウグリア砂丘。
そこから南となれば、ピックタットやフランダースが候補になる。
だが、二人の顔色はそれで説明がつかないほど悪い。
🦂「――南の、ヴォラキア帝国までいっちゃったってことお?」
🚧 閉ざされた国境
行き来は、禁じられている
ヴォラキア帝国とルグニカ王国は、王選の期間中は不戦協定を結んでいる。
「それなら今は平気なの? スバルたちを探しにいっても……」
「――いえ、それがそうもいきません」
帝国は数ヶ月前から、王国との行き来を一時的に禁じている。
正面からの突破は不可能。裏道を探るには時間とツテが要る。
「ここでパタパタ慌ててても、スバルたちは助けてあげられない。……冷静にならなきゃ」
瞳は揺れ、声は微かに震えている。それでも努めて自制していた。
⚠️ 伏せられていたこと
三人目の『暴食』
🦂 メィリィ
「そういえばなんだけどお、ラムお姉さんはあの話はしたのお?」
「――。まだよ」
「影に呑まれて帝国へ飛ばされたのは、バルスとレムの二人だけではないかもしれません」
🦂 メィリィ
「あの影がバーッていっぱいくる前、女の子が急に出てきたのよお」
🦂「お兄さんは三人目の『暴食』とかって言ってたわあ」
🌾 遠い彼の地で
「俺は、お前の英雄だ」
同じ時刻。風に撫ぜられる草原の上。
一人の少年が、一人の少女を抱き起こしていた。
黒い髪。鋭い三白眼。平時には人を殺していそうだと言われる目つき。
その目尻が、今は柔らかく緩んでいる。
この瞬間を、どれほど待ち望んだことか。
「……えい、ゆう」
「そうだ。そうだよ、レム。俺は、お前の英雄だ。ずっと、お前を……」
長い長い眠りから、彼女は目覚めたばかりだった。
💢 ひっくり返る
「レムって誰のことですか?」
その途端、頭と顎が伸びてきた手に捕まえられた。
「いったい、あなたの目的はなんですか。私に何をするつもりなんです!」
(;゚Д゚)
「英雄なんて、いきなり……それに、レムって誰のことですか? 答えてください!」
両肩を膝で押さえられ、首に手がかかる。
拘束術の技量は卓越していた。まるで自由を取り戻せない。
答える猶予さえ、与えられない。
🍽️ 横合いから
「あー、うー!!」
不意に、横から人影が飛びかかった。
(;´Д`)
咳き込みながら見た先にいたのは――
歯を剥き出し、顔を赤くして唸る金髪の少女。
「お前! レムから離れろ、この野郎!」
羽交い絞めにして引き剥がす。腕の中で暴れるが、反撃らしい反撃はない。
唸って身をよじるだけだった。
🦵 立てない
「……足が、言うことを」
だが、すとんと膝から力が抜けた。
「……足が、言うことを」
「まさか、立てないのか?」
長く寝ていたなら、弱るのは全身のはず。
それなのに、不調は足腰にだけ現れている。
その影響がどう出るかは、わからないと言われていた。
❓ 誰なのか
「私は誰なんですか!?」
「そもそも! あなたは誰で、私は誰なんですか!?」
自由にならない足を強く叩いて、激情の渦巻く瞳で睨みつける。
――私は誰なのか。
あなたは誰、はまだマシだ。
自分のことを『レム』ではなく『私』と呼んでいた時点で、予感はあったのだ。
『名前』と『記憶』を奪われた被害者。彼女は、記憶をなくして目覚めた。
「レムだよ。それが、お前の名前だ」
困惑したまま、彼女は「レム」と繰り返す。
それが自分の名前であると、己に馴染ませるように。
🎒 背負って
「いてくれるだけでいい」
「すぐの助けは期待できない。俺たちはどうにかして、ここから助かるために行動しなくちゃいけないんだ」
「私に何をしろと? 足もろくに動かない、私に」
「……いてくれるだけでいい。お前が呼吸して、喋って、その目で周りを見ててくれるなら、それだけでいいんだ」
掛け値なしの本音だった。
方針は水源の確保。ベースキャンプを決めて、そこから範囲を広げる。
パルクールや鞭の稽古の過程で叩き込まれた、クリンドの教えが効いていた。
しゃがんで背中を向ける。
細い腕が肩の上を通り、胸の前で結ばれた。
背負いながら思ったのは、軽い、ということだった。
🥀 置いていく
「あいつは置いていく」
「その前に……あの子はどうするんですか?」
元々まともとは言えない相手だったが、それは悪辣という意味であって、
こんな幼児退行めいた面が見えていたからではない。
だが――それが、同情する理由になるのか。
多くの選択肢がありながら、常に人道に反する側を選び続けた者たちだ。
「あいつとは同じ場所にいたけど、仲間ってわけじゃないんだ。むしろ、仲間とは真逆の立場」
🌑 耳元で
「そんな邪悪な臭いを漂わせて」
それはひどく、冷たく渇いた声だった。
「――やっぱり、虚ろでも、自分を信じて正解だったみたいです」
「耳障りのいいことを言って私を誘い、挙句に女の子は見捨てる。そんな相手に、どうして信じろなんて言われて信じられるんですか」
――魔女の残り香。
『記憶』をなくしても、それだけは変わらず感じ取れる。
思い出すのも、気付くのも、あまりに遅すぎた。
意識が、暗闇の淵に落ちていく。
🌲 密林へ
「レム――! 返事してくれ!」
目を覚ますと、草原に投げ出されていた。
「首は、痛い……ってことは、レムは俺を殺さなかったんだ」
絞め落としはしても、殺しはしなかった。
草の上に、引きずった跡が残っている。
日の傾きから、それほど時間は経っていない。
あの足では、遠くへは逃げられないはずだ。
「分の悪い賭けなら、何度もやってきてんだよ!」
森は鬱蒼として、熱帯雨林のような気配がある。
準備など何一つない状態で、二人はそこへ入った。
声が涸れても構わないとばかりに、木々の間へ叫び続ける。
🏹 木々の隙間から
太い矢が、一撃
視界の端に、何かが映った。
生い茂った葉の向こう。風に揺れる草場とは違う動き。
「れ――」
希望を抱いて、そちらへ顔を向けた瞬間だった。
凄まじい速度で迫った衝撃が、胸を真正面から捉えた。
足が浮き、体が後ろへ飛ぶ。背中から幹に激突する。
「ごはっ……なん、だ……っ!?」
飛びのこうとして、できなかった。
胸を貫いた太い矢が背中を貫通し、大木に縫い付けていたからだ。
溢れ出す血が、一気に喉から吐き出される。
引き抜こうとしても、びくともしない。
森に潜む何者かが、弓と矢でこちらを狙った。
それだけが、わかった。
冷たい『死』が迫るのを感じながら、喉を震わせる。
――最期まで、彼女の名前を呼び続けた。
第七章1『洗礼』終了。
ラムは、滅多にない無力感を味わわされていた。
エミリア
アナスタシアが場を仕切る。
ユリウス
ベアトリス
スバルは契約の繋がりで、
レムは姉妹の共感覚で。
ルイ・アルネブ。